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ちわわんと言うハンドルネームと、タイトル名と、この名前を作ってから・・・いつの間にやら 20年余りも経過しちゃったなぁ~・・・あの頃は、タグ打ちの時代で、同じ名前は登録できなかった時代だったのになぁ~~~・・・Windows95のホームページの時代から考えると、すごいわよねぇ。。写真もコメントもさくさく入れられるようになっちゃって驚いちゃうわよね( *´艸`)

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ひとりごと・・

ちわわん

Author:ちわわん
知り合った多くの友人たちに。
感謝をこめて。

↑写真はぷりんちゃん15歳6ヶ月と20日(2015年6月20日没)と
3年前に5月7日に17歳で亡くなったその母ムーバです。

静岡市在住の。
ご近所の犬ともだちさんへ。
ありがとうの言葉を添えて☆

長い犬人生と映画など色々。
20年程前のホームページも合体しました。
これからもよろしくお願いいたします。


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『パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々 盗まれた雷撃』の本の感想
『パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々 盗まれた雷撃』の本の感想



アメリカ合衆国の作家リック・ライアダン(Rick Riordan)による、
半神半人(デミゴッド)の少年パーシーの活躍を描いた
ファンタジー小説のシリーズの原作本である。

ハリーポッターシリーズを読んだことのある人には
覚えがあると思うのだが。
この
『パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々 盗まれた雷撃』の本も
とても頑丈で分厚い装丁がなされていて
とても重い。重い。。。。
手首にズンと堪える重さだ。

もともとは子供向けの本なのだから
もう少し装丁を
軽く持ちやすく仕上げてもよさそうなものなのに。。
と。思うのは 私だけであろうか。

アメリカでの原作本なども見る限りは
ごく普通の装丁で安っぽいくらいである。

日本人はえてして
こういった大仰な装丁を好む人種なのか。。
ハリポタにしても
原作本はいとも軽いごく普通の本である。

仰々しいまでの
とても子供さん一人でなんか
持って読めそうもないような
大きく重い本に。
材料の無駄を感じつつ。
本離れを案じてしまう。

あぁ・・重い。重いと
ぼやきつつ先を読む。(笑)

それにまた値段も高いのだ。
この半分の装丁にして
値段も半分にしてくれたのなら
もっと多くの人たちが読むだろうにと。
一字の大きさが
1cmもありそうな字を追いかける。

本の値段は1冊1980円。
5冊目までが出版されているので
1万ほどが飛ぶ。。

これで児童推薦図書?
うーーむ。
子供に無駄な出費を促しているような。
いや。。
全て親が負担することになるのだが。。

と。。
手首にずっしりとくる重さに
悲鳴を上げながらも
読み進む。。

やっぱり本の方が数倍も面白い。
やっぱりぐんと惹き付けられて
ぐんぐんと先へ先へと読み進む。
魅力のある物語である。

神様と人間のハーフ。
その夢多き発想が面白い。

映画の方も
ハリポタを撮影された監督さんが手がけていて
色彩感覚などがどことなく似通っていた。

でも、
やっぱりお勧めは本かな。
ぜひどうぞ!
真夏の暑い日に。

そして
子供の頃のように
ファンタジーな冒険へと
旅立ってくださいな。。


テーマ:ファンタジー小説 - ジャンル:小説・文学


『パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々』 の 映画感想 2010年
『パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々』 の 映画感想 2010年


アメリカ合衆国の作家リック・ライアダン(Rick Riordan)による、
半神半人(デミゴッド)の少年パーシーの活躍を描いた
ファンタジー小説のシリーズの映画化である。

『パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々』は、
クリス・コロンバス監督による
2010年のアメリカのファンタジー映画。
リック・リオーダンによる小説『パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々』
シリーズの第1部『盗まれた雷撃』を原作としている。

なんと2012年には第2部の映画化が。。

映画自体がとっても若々しく
ティーン向けに作られている作品ではあったが
とっても可愛らしくてみずみずしいような映画で
ぴちぴちの若さを感じる映画だった。

こんなことも有りかなっと。
普通に楽しめてしまった作品。
あちこちではかなりの酷評だったようだ。

もともとが
さも有りなんと。
こういう想像力をたくましく駆使した作品が
大好きなタイプだったので
なんでもオッケーっという感じではある。

ギリシャ神話を
元にしているようないないような。
深くつっ込みたい人には
お勧めできない映だかもしれない(笑)

ともあれ
軽いノリで観るのがお勧めである。

アメリカのヒーローものや
スーパーマンやバットマンなどの
コミック本の映画化を観るような気持ちで
観てもらいたいものだ。

そういえば。
もうずっと昔の話になるのだが。
『宇宙家族ロビンソン』に始って
『スタートレック』のエピソードにも
こういった
ギリシャ神話を題材にしたものが描かれている。
近いところでは
『スターゲイトSG1』シリーズでも
オリンポスの神々について触れている。
ここでは宇宙人ということになっては居るが。(笑)

やっぱり
こういった想像力の賜物による作品が
私は大好きである。

空想物語のもとに
夢見がちな子供の頃に描いていた世界
夢膨らむおとぎの国の物語
そんな世界を目の前に広げて見せてくれる。

今では特撮技術も高度なものとなり
こういった作品にも違和感なく
現実の有りようのように見せてくれる。

もっともっと
オリンポスの神々達も見ていたかった。
ユア・サーマンのメデューサがお似合い。

ちょっとばかり。
この原作本が読みたくなってきた。
ハリーポッター並に
大きな厚い重い本ではあるのだが
ちょっと読んでみようかしら。。


テーマ:映画感想 - ジャンル:映画


最終巻 『ハリー・ポッターと死の秘宝』
最終巻『ハリー・ポッターと死の秘宝』

最終章に向かいつつ、
ちょっとばかり、
気がついたことがる。

決して、
読み手の気持ちをそらすことのない
冒険描写もさることながら、
すぐに訪れてくる
疑惑と悔恨の情・・・
そして、愛と死。

この最終章では、
多くのものが、
ぎっしりと詰め込まれている。

作者の言いたいこと、
述べたいこと、
主旨がぎっしりと詰め込まれている。

彼女の言わんとしていたことの、
全てが、
詰め込まれているかのようだ。

持ちうる力を注ぎこんで
書かれているといっても良い様だ。

もう、これまでの話の中ででも、
もっとも主要だと思われていた人物の、
シリウスやダンブルドア校長・・
そして、
多くの親しい敬愛する人達が、
次々と容赦なく死んでゆく。。

そして、この最終章でも、
もう、冒頭で、
ペットのヘドウイックまでもが、
殺されてしまう。

このあまりにも、
非情とも思えるような展開が、
私たちに、
真に伝えたい事を
悟らせていっているように思える。

物語を通して、
子供たちに、大人たちに、
おぼろげながらも
真髄の愛情が伝わってくるような気がする。

愛と死・・
今を精一杯に生きるということ。

これが、もっとも
重要な課題として
扱われていたようだ。

『指輪物語』にしてもそうだが、
長い長い物語の果てに
一つの人生の終焉を見るような気持ちになり、
そして、どっと、
諸行無常の、境地に至る。

日本の『平家物語』にしても
『源氏物語』にしても同じこと、
長い長い物語の中に、
籠められている想いは、
どれもこれも同じである。

同じような、無常観。
そして、
同じような達成感。

ひとつの命の生と死を、
まのあたりに見たかのような
生きた心地の充足感、
そして、それらを、
自分が自ら、
経験して生きたかのように
感じる心。

そこから何かひとつでも、
学び取りたいものだ。

心に占める、
別の人生の心。
それらを通して、
語りかけてくるものに
身をゆだねるしかない。

読み進めているうちに
本に没頭するあまり、
いつものごとく
ハリーの軽率さと甘さが、
いらいらっときてみたり
展開の見事さに、舌を巻いたり。
愛の強さを再確認したり。

ああ、
全てが、”愛”なのだった。

親の愛、友の愛、
思慕の愛、恋慕の愛、
師弟の愛、姉妹兄妹の愛。
敬愛、博愛、尊敬の愛。
慈愛に求愛、恋愛と、
愛のつく言葉は多い。
そして、これがもっと弱く、
もろくて、
そして、もっとも強いのだ。

☆ーーー☆ーーー☆ーーー☆ーーー☆

「死者を哀れむではない、ハリー。
 生きている者を哀れむのじゃ。
 とくに、愛なくして生きている者たちを。

 きみが帰ることで、
 傷つけられる人間や、
 引き裂かれる家族の数を、
 少なくすることができるかもしれぬ。

 それが、きみにとって、
 価値ある目標と思えるのなら、
 我々は、ひとまず別れを告げることとしよう」

ハリーは頷いて、ため息をついた。
この場所を去ることは、
「禁じられた森」に入っていったときに比べれば、
難しいとは言えない。
しかし、
ここは温かく、明るく、平和なのに、
これから戻っていく先には痛みがあり、
さらに、多くの命が
失われる恐れがあることがわかっている。

ハリーは立ち上がった。
ダンブルドアも腰を上げ、
二人は互いに、
長い間じっと見つめあった。

「最後に、一つだけ教えてください」
ハリーが言った。

「これは現実のことなのですか?
 それとも、全部、
 僕の頭の中で
 起こっていることなのですか?」

ダンブルドアは晴れやかに、
ハリーに笑いかけた。
明るい靄が、再び濃くなり、
ダンブルドアの姿をおぼろげにしていたが、
その声は、
ハリーの耳に大きく強く響いてきた。

「もちろん、
 きみの頭の中で起こっていることじゃよ、
 ハリー。
 しかし、
 だからと言って、
 それが現実ではないと、
 言えるじゃろうか?」

☆ーーー☆ーーー☆ーーー☆ーーー☆

しもべ妖精のドビーとスネイプ・・・

泣かせてもらいました。


テーマ:ハリー・ポッター - ジャンル:小説・文学


『天使と悪魔』 下巻 ダン・ブラウン原作
『天使と悪魔』 下巻 ダン・ブラウン原作


やっと全て読み終わりました。

上巻と中巻とを読み終えた後に、
映画を観に行ったせいか
お話の展開と段取りなどが、よくわかり、
複雑な、
想像の中では、空想しきれない部分をも、
理解しつつ、
映画を観ることができました。

そして、結末へ。

むむむ。。

なんとも、すっきりしないところが、
ひとつ。。。ふたつ。。

観終わったあとに残った。

そして下巻の結末へ。

少しかなしく、少しせつなく。
納得のいく謎解きが書かれている。
映画では触れられることの無かった、
親心だ。

不肖の子ほど 可愛いという親心。
後悔先にたたず。

神の愛は なによりも、
  親の愛でもあったのだ。

そして、もうひとつ。

科学の力のすばらしさと。
それを阻んだ信仰の力と。。

そんなものをも。浮き彫りにした。

それもまた、親心だったのだが。。。



テーマ:ミステリ - ジャンル:小説・文学


『天使と悪魔』  ダン・ブラウン原作 上中下
『天使と悪魔』  ダン・ブラウン原作 上中下


まだ上と中だけを読んだのですが。

『ダ・ヴィンチ・コード』と同じ主人公である、
ロバート・ラングドンが活躍する小説。

ちょっと懐かしい言葉が出てきた。

”コン・クラーベ”

バチカン法王の選出だ。

この言葉を昔、宗教の時間に
シスター・ベルナデッタからお聞きしたときには
みんながくすくすと笑ったものだった。

枢機卿やら、馴染みのある言葉が並ぶ。
私たちの時代は 法王パウロ六世の時代。
校長様も洗礼名をパウロといった。

この作家さんの作品が好きな理由が
そんなところにもあるような気がする。

宗教と倫理は、得意科目であった。

将来は哲学に進みたいと、
本気で想っていた時期でもあった。

叶わぬ夢だったのだけれど。。ね。(笑)

”要理”という課外授業が好きだったなあ。。

ロザリオ
↑これは卒業式記念に頂いたロザリオ。

おめだい
↑私たちは おめだいと言っていたなあ。
みんなひとつやふたつ持っていた。

おめだい
↑もう45年も昔の純銀製のものだが、
いまだにだいじに 引き出しに入っている。

種無しパン・・・信者のベール・・・
司祭様の服に使われるタッチングレース。
何もかもが懐かしい。。。

司祭さまの唱える ラテン語すらも懐かしい。

私の時代には、フランス人のデビ神父さまだったなあ。

と、宗教色の強い小説です。

こういった世界の好きな方にはたまらないのでは?

ぜひぜひ どうぞ!




テーマ:ミステリ - ジャンル:小説・文学



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