ちわわんと言うハンドルネームと、タイトル名と、この名前を作ってから・・・いつの間にやら 20年余りも経過しちゃったなぁ~・・・あの頃は、タグ打ちの時代で、同じ名前は登録できなかった時代だったのになぁ~~~・・・Windows95のホームページの時代から考えると、すごいわよねぇ。。写真もコメントもさくさく入れられるようになっちゃって驚いちゃうわよね( *´艸`)

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ひとりごと・・

ちわわん

Author:ちわわん
知り合った多くの友人たちに。
感謝をこめて。

↑写真はぷりんちゃん15歳6ヶ月と20日(2015年6月20日没)と
3年前に5月7日に17歳で亡くなったその母ムーバです。

静岡市在住の。
ご近所の犬ともだちさんへ。
ありがとうの言葉を添えて☆

長い犬人生と映画など色々。
20年程前のホームページも合体しました。
これからもよろしくお願いいたします。


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『太陽がいっぱい』1960年 ルネ・クレマン監督。
『太陽がいっぱい』1960年 ルネ・クレマン監督。

太陽
太陽が燦燦と照りつけている中で

アラン・ドロン
全てが思い通りに上手くいったと思い込み。

アラン・ドロン
太陽がいっぱいで最高だ!と。

アラン・ドロン
自分の小賢しさに溺れたリプリー。

船
その向こうに・・・

アラン・ドロン
まるで幽霊船のように・・

アラン・ドロン
なにかを暗示しているかのように・・

船
ヨットが浮かんでいる。

この大どんでん返しと甘く哀しいメロディが忘れられない。

アラン・ドロン
さすがに・・・
やっぱりこの人以上の美貌の人にはお目にかかったことがない。

アラン・ドロン
この時のアラン・ドロンは
本当に目の覚めるように美しい。。

アラン・ドロン
『太陽がいっぱい』という邦題を
つけてみたくなるのも解るような気がしてしまう。。

アラン・ドロン
私もこの映画を観終わってから
それじゃあ名前を付けてくださいなと言われたら・・

アラン・ドロン
やっぱりあの最後の場面で
太陽がいっぱいで嬉しくて堪らない・・っと満足そうにつぶやく
トム・リプリーが目に浮かんでしまって
やっぱりこの同じ
『太陽がいっぱい』という題名をつけてしまうことだろうと思う。

アラン・ドロン
ルネ・クレマン監督がドラマの主体となる
モンジベロという架空の町並みを

魚
イスキア島の実際の魚市場や祭りの中を
モンジベロに見立てて撮影されているのだが

アラン・ドロン
買い物客や歩行者の中にアラン・ドロンを混ぜて撮影していて
彼を追いかけていくかのように
いきなりドキュメンタリータッチ風になっているのが
とても印象に残っている。

時計

これがもし、原作と同じように設定していたのだとするのならば
フィリップ役がアラン・ドロンであったのだとしたならば
どんな風な映画となったのであろうか。

アラン・ドロン
マット・デモンの『リプリー』と同じような物語となったのだろうか。
ちょっとばかり興味が沸いてきてしまう。

アラン・ドロン
この映画を観た時には
まだまだ若すぎたせいもあるのだろうが
まったく同性愛的なものは感じ取ることができなかったのだが
原作の方を読むと
リプリーは男が好きなのか
女が好きなのか・・
当人さえもまだよく自覚してはいなかったようにも思える。

アラン・ドロン
両親に早く死に別れて
意地の悪い叔母さんに育てられた猫背で丸眼鏡の平凡な男の子
少々卑屈ででもある。

アラン・ドロン
そんな彼だったからこそ
自分を愛してさえくれる人であるならば
それは男であっても女であっても
どちらでも良かったのではないだろうか。
愛情の渇望さえ埋めてくれる人であったならば。。。

アラン・ドロン
このアラン・ドロンの方のトム・リプリーは
少々金の亡者となっている
それまでの苦しかった極貧生活から逃れたいとばかりに
野心がギラギラと剥き出しになってしまっている。

アラン・ドロン
また殺される方のフィリップも
サディスティックで自己中な権力志向の強い
嫌ぁ~な奴である。

アラン・ドロン
まあ。殺されちゃってもしょうがないかな・・・ってな。
死んでも自業自得じゃないかなっとでも思わせる人間像である。

アラン・ドロン
だからこそトム・リプリーが
自分がフィリップに成り代わってしまうことに
少しの罪悪感をも見出さず
むしろ自信と正当性を見出しているのかもしれない。
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テーマ:心に残る映画 - ジャンル:映画


コメント
白秋マダムさんへ
こんな風に話が摩り替わっていった意味も
主人公の交代劇にあったのかもしれません。

ヴィスコンティが卑しいけど悪魔のような美貌と評したように
こんな風な映画の内容を変えてしまうほどの
魅力がアラン・ドロンにあったものなのでしょう。

男も女も惑わされるような惹きこまれるような魅力が
その目の表情にも表れていますものねぇ。。

あんな目でとろっと見上げられたら・・
それこそバイやゲイの監督さんはイチコロだったでしょうねぇ・・(笑)

なんだか理解できる気がします。
[2012/01/31 21:02] URL | ちわわん #- [ 編集 ]

アラン・ドロン
掘り下げと解説がすごいですね。
そういうことだったのかと今更のように気づかされます。

愛されたい、誰でもいいから、、、、。
愛情に飢えた人の切実な願望でしょうね。
貧困に喘いで育った人は、お金に汚いって、、、これも一理あります。

前にも書いたのですが、どこかクリント・イーストウッドを髣髴させる、、、、。
美男ですね~やっぱり。
最後の場面は衝撃的でしたね。


[2012/01/31 14:25] URL | 白秋マダム #8RPx8Lm2 [ 編集 ]

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[2012/01/30 18:19] | # [ 編集 ]

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[2012/01/30 13:28] | # [ 編集 ]

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[2012/01/30 10:51] | # [ 編集 ]


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