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ちわわんと言うハンドルネームと、タイトル名と、この名前を作ってから・・・いつの間にやら 20年余りも経過しちゃったなぁ~・・・あの頃は、タグ打ちの時代で、同じ名前は登録できなかった時代だったのになぁ~~~・・・Windows95のホームページの時代から考えると、すごいわよねぇ。。写真もコメントもさくさく入れられるようになっちゃって驚いちゃうわよね( *´艸`)

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ひとりごと・・

ちわわん

Author:ちわわん
知り合った多くの友人たちに。
感謝をこめて。

↑写真はぷりんちゃん15歳6ヶ月と20日(2015年6月20日没)と
3年前に5月7日に17歳で亡くなったその母ムーバです。

静岡市在住の。
ご近所の犬ともだちさんへ。
ありがとうの言葉を添えて☆

長い犬人生と映画など色々。
20年程前のホームページも合体しました。
これからもよろしくお願いいたします。


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松本清張スペシャル『球形の荒野』
松本清張スペシャル『球形の荒野』2夜連続ドラマ感想


少し暗めの重いドラマの内容ではあったが。
私くらいの年齢だと。
この内容もまた違った意味を持って
解釈されうるだろう作品。

私も前にも少し書いたことがあるのだが。
養父が満州に陸軍中尉として赴き
終戦となりシベリアに長いこと抑留されており
養母が先に
引揚げ船に乗って帰ってきていたことでもあり
国から死亡通知なども受け取っていて
死んだものだと信じて
他の方と再婚してしまっていたそうだ。

養母も引揚げてくる間には
頭も丸坊主に剃り、
男の格好をして
命からがら帰ってきたそうで。
その船の上で
生まれたばかりの赤ん坊を亡くしていた。

それが姉の陽子にあたる。

そこへの養父の帰国である。
お墓もりっぱにできていたそうだ。

さぞやドラマが展開されたものであろう。
二人からは
その時のことは語られることは無かった。

養母が死ぬまで大切にしていた手紙の中に
風間なにがし・・・という方からの手紙だけ
大切に保存されていた。
きっとその方からの手紙であったのだろうと
推測される。

そんな想いをもはこぶドラマでもあった。

今現在とは違い
家族よりも自分の身よりも
お国のため、国民のためになるならば・・
この身を犠牲にしても・・・
という考え方が先行していた時代。

国を憂えて行動した彼の姿が。
私にはなんとも言い難い。

英雄的行為でもあったものか。
それとも。。
その心情を慮るのみである。

ただ、このドラマを見ていて
とてもうれしかったのは
この時代背景の映像である。

東京オリンピックの映像が懐かしく。
会話の一つ一つにも思い当たることが多い。

円谷選手やアベベの名前が出てくると
心の中で拍手と。
その活躍の情景。
感動のゴールの場面が目に浮かんだ。

真っ赤と真っ白のユニホームの行進。
聖火台での点灯。
聖火ランナーの走るのを
皆で観にいったことも思い出した。

そして新幹線や東名高速道路。
服装にTV画面の懐かしさ。
野上家族の食事する風景を見ていて
その昔
中島屋グランドホテル本館旧舘を思い出した。
こんな風にコース料理を食べたものだった。

見るものの年齢によっては
さまざまな
とても懐かしく同調を呼ぶ場面が多い
そんなドラマでした。

田村正和さんも もう67歳とか。
我が家で生まれたわん子達を
もらってくださった2家族さん。

東京成城でずっと大学まで同級生だったとか。
お二人のお話を聞くと
もう中学の頃から女の子たちに人気があり
騒がれていたそうです。

これからもがんばってくださいね。
応援しております。
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テーマ:特撮 - ジャンル:テレビ・ラジオ


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