偲ぶ想いと・・・新たなる出発と想い出を。

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ひとりごと・・

ちわわん

Author:ちわわん
知り合った多くの友人たちに。
感謝をこめて。

↑写真はぷりんちゃん15歳6ヶ月と20日(2015年6月20日没)と
3年前に5月7日に17歳で亡くなったその母ムーバです。

静岡市在住の。
ご近所の犬ともだちさんへ。
ありがとうの言葉を添えて☆

長い犬人生と映画など色々。
20年程前のホームページも合体しました。
これからもよろしくお願いいたします。


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羅生門 1950年 黒澤明監督 その2
羅生門 1950年 黒澤明監督 その2


長い長い ざあざあぶりの雨の中ではじまる。

この作品は 芥川龍之介の『藪の中』と言う作品が、
基本となっているが、
出だしは『羅生門』のほうだろうか?
微妙に入り混じっているような気がするが、
大昔に読んだままで 記憶は薄い。

鬼気迫る 躍動感があり、
見ているうちに、眼が離せなくなって、
眼をそらせることができない。

女とは、摩訶不思議なものだとも、
言っているようでもあり、
女の魔性が、色濃く顕われている。

三人三様な話の中、
四人目の 下人が現れることによって
それぞれの嘘と本当が よりはっきりと
明確に、見え隠れするようになる。

四人目も、含み、
それぞれが 本当のことと、
自分のプライドと、世間体を備えて
自分の願望とを、語っているところから、

どれが本当で、どれが嘘やら、
見ているほうには、
どれもが真実めいていて、
判断ができかねいていくのだが、
そこに、計り知れない 人間の業と欲が、
深層心理ゲームのような 面白さがある。

ミステリーでもある。

ま。。どっちみち、人間なんてこんなもの。

自分の中の 真実と信ずる思い込みも。
他人の眼から見た 真実だとする思い込みが、
一致するとは限らない。

人の心の 機微を、
怖いほど的確に 捉えている作品だ。

また 出演されている人たちも懐かしい。
まだ 出演されている皆さんが 生きているときに
作品を観ていた私には、
今改めて観ると、逆に、別な新鮮さがある。

森雅之さんも、有島武郎さんの息子さんだ。
この方の『雨月物語』が、
今も記憶に残る。
知性と気品の漂う方だったなあ。。

何が真実かは 本人のみぞ知ると、
よくいうが。。
この本人がまた、当てにならない。

自分に良きに計らうのが 人間の本能である。


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羅生門 1950年 黒澤明監督 その1
羅生門 1950年 黒澤明監督 その1


そうだったのか・・
一説には『羅生門』の映画で黒澤明監督が
東京裁判の不条理を 間接的に 訴えようとしたのだそうだ。
イギリスのチャーチル首相が この映画見て、
それに気づいて 絶句したと言われている。

なるほど、それぞれに取っての言い分は、
それぞれの国のもと、
その国独自の考え方もあり、それがベストと信じて行った行為、
思想もあり、プライドもあり、啓蒙もあり、
果たしてなにが 正しかったのか・・と 問われると、
それは 私も常々、疑問に思っていたところである。
四人目は ちょうど、別の国の介入のようにも思える。

なるほどね。。そういう説もあったのか。
新たに頷く思いである。

私はこの映画で ムツカシイことを言おうとしているのでは
ありません。
どうか この映画をムツカシク見ていただかない事を希望します。
と、黒澤明監督ご自身は おっしゃっているけど、
見ようによっては 確かに、どうとでも見れる作品だ。

でも もともと 映画ってそんなものじゃないだろうか?
見る人の側の気持ち、事情 色んなものが相乗して、
感想もそれぞれに 変わることだろう。

わたしにしても 見たときの年齢、環境、子育て、と
そんなものが 微妙に作用して、
昔見たものが、今見てまったく同じ感想ということはない。

旅行した折に、羅生門跡地を実際に 見に行ったことがあるが、
なにもなかった。
公園ともいえないような場所に ぽつんと石碑が一つ。
なんとも あじけない。

昔萬屋錦之介の『子連れ狼』を見た後に 
一条戻り橋を見に行ったときにも
同じようにがっかりした事を想いだした。

歴史と共に、人生の轍と共に、
映画に関する 感想はかわる。

真実は闇の中・・・である。


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『用心棒』    1961年 黒澤明監督
『用心棒』    1961年 黒澤明監督


またまた 寺島進さん出演作品とは
まったく関係ない作品の感想を・・。

ぼんやりとしつつも、
映画『用心棒』を観て見た。

つい2日ほど前に観た 『椿三十郎』の続きとでも
言いましょうか?
いや、この『用心棒』の方が先で、
続編として『椿三十郎』が創られていたらしい。
知らなかった。

作品中、三十朗が自分の名前を名乗るとき
目の前に広がる 広大な桑畑を眺めて
桑畑三十朗だと 名乗るシーンがあって、
あれ。。って気がついたのだ。

なんとなんと、本当に知らなかった。
たわわの椿の花々を眺めて 
椿三十朗だと名乗ったときのように。

もうすぐ 四十朗だがな。。という言葉も続く。

なるほど、そうだったのか。
正直、この映画を観たのが 小学校の低学年、
それ以来まったく観ないままで きてしまっていて
記憶の底の底にも なかった。

ただ、唯一忘れていなかったシーンに
冒頭の犬が 人間の手をくわえて 走ってくるシーンだ。
これだけは 頭の底に残っていた。

この後上映された マカロニウエスタンの
『荒野の用心棒』の方は よーーく覚えている。

クリント・イーストウッドが
テレビのシリーズ物から 人気がでて
マカロニウエスタンの 飄々とした雰囲気が
大人気だった頃の話だ。
同級生達と よく見に行ったのを覚えている。

ジュリアーノ・ジェンマとか・・
その頃 とても人気のあった俳優さんたちだが、
今はどうしてらっしゃるのだろう?
などと 思いをはせてしまった。

しかし、想うに、この桑畑三十郎
背中が 実にものを言っている。

背中で人生の重み、人間の厚みを語っている。
背中一つで 豪放な男らしさを語っている。
これって すごいことなのかもしれない。

なかなか 背中ひとつで 
その人の人生や、 人と成りを 
語りかけてくるっていう人は、数少ない。

その存在観の 圧倒されるような威圧感が、
目を惹く。

話はもちろん 面白い。
今懐かしい俳優さんたちも こぞって出演、
とても 嬉しい限りだ。
藤原釜足さんなどが とてもうれしい作品だ。

後一つ。思ったことは、
有象無象の 烏合の衆である 端役とも言うべき人たちが
みな、それぞれしっかりとした 存在観があるということだ。
素人の募集エキストラなどではなく
しっかりとした 大部屋俳優さんたちの 気概のこもった演技が
目を惹く。

一時も気をぬくことのない、下地のできた演技と言うものが、
ここには描かれている。
遠く見えないだろう時にも しっかりと演技されている。
ちゃんとした玄人の人たちの演技だ。
こういった映画が 今少なくなった。

やっぱり こういった所が 素晴らしいところなのかもしれない。
本物志向の映画だと思う。



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『椿三十郎』    1962年 黒澤明監督  その2
『椿三十郎』    1962年 黒澤明監督  その2


いくら趣向を凝らして 人を斬ったからって
それが 面白いわけじゃない
三十朗っていう人間が 
面白いということが 肝心だ。

黒澤明監督が おっしゃっているが。
なるほど。人間的な魅力のある主人公だ。

やっぱり 三船敏郎という人の 存在観を
たっぷりと見せ付けられたような 気がした。

まったく、稀有なまでの力強さと 野太さ、
しかも それでいて品格があり 知性も覗く。
男の厚みというか、
人生の重みが加わっている分
不自然でない 無頼漢になっている。

この人なら お断りになってしまったという
『スター・ウオーズ』の ダースベーダー役も
りっぱにこなせただろうにと、残念でならない。

そういえば 三船敏郎さんは よく ふところ手をして
肩をイカラセテ歩く 浪人の後ろ姿が多い。
それがまた 浪人らしい味であり、
背中に漂う 哀愁感がとてもいいのだ。


ーーー   ---   ---   ---   ---


特典で語られている 9人の若侍の話も面白い。

リハーサルの時から 本身、いわゆる真剣を差して
そして 本読みが終わると
オープンセットの中を その扮装のまま
撮影現場から ずうっと ジョギングをやって
最後に オープンセットに 行って
そこに わら人形が置いてあって
それに向かって ワーーーっと抜刀して
イアァー!っと 斬って
今日のリハーサルは 終わり。。と。


田中邦衛さん
三船敏郎さんとの真剣な からみのシーンでの思い出が
三船敏郎さんの すごいところっていうか、
強烈だったのが、殴られた一発。
あの一発が すごい力で
まさか あんなに本気で殴られるとは 思っていなかったため
一発で 吹っ飛んでしまったようです。

三船敏郎さん 真剣に役に望むということなんでしょうが、
殺陣の世界でも 容赦がなかったようで、
東映映画や 歌舞伎のような 殺陣でなく
一発で殺せる殺陣・・にこだわっていたようで

全ての殺陣を 殺陣 剣技 武家作法指導の
久世竜さんと 三船敏郎さんご自信と 黒澤明監督とで
考え膨らませて 実行していったそうです。

100人もの侍に囲まれるシーンでは
5本持っていった木刀のうち 3本が折れ
斬られ役の方々も 痛いので わき腹に板を入れて
臨んでいたようです。
最後に撮りおわったときには 木刀の先の方が折れていたのだが
黒澤明監督が 気がつかなかったので
急いで取り替えて 隠してしまうというようなことも
あったそうです。
完璧主義な監督のこと、
それが ばれればもう一度 最初から撮り直しになったとか。

『用心棒』の映画から 入れられた 惨殺音を 
よりリアルに 大きく効果的に使われるようになる。


仲代達也さん
『用心棒』では真っ白に、
『椿三十郎』では ちょっと仲代を真っ黒にして・・
って言われて こげ茶色に塗られて、
その上に 老人用かつらのような 
おでこがまるまると 出る 鬘をかぶせられて、
まるで”蛸”みたいだといって そのまま撮影を行った。


ーーー   ---   ---   ---   ---


長い恐ろしい間があって
勝負は ギラットと 光っただけで決まる。
と描かれていただけの ラストシーンの決闘場面。

その撮影秘話が面白い。

仲代さんは 上に剣を抜くだけの稽古を
1ッヶ月以上もやったそうだ。
このときの 殺陣を ナイスの森に出られていた
久世竜さんのお弟子さんである 久世浩さんが
語って 実演して見せている。

”逆抜き不意打ち斬り”・・というのだそうだ。
心臓を一回ついて 切り上げるというものだったらしい。

だからこそ あんなに 
血がどぴゅっと 吹き出したのかぁ・・ああ、なるほど。
なぜ あんなに血が吹く必要があったのかが、
私には 理解できていなかった。

圧搾機で ポンプを押して
血が吹き出るような仕掛けを 
仲代さんの胸につけて 撮影した。

現場の人たちは 間違って本当に斬っちゃったんじゃないかと
思って 見ている人たちの顔が 真っ青になったそうだ。
そのくらい リアルだったようだ。

スタッフさん
女の子に ポンっとやられたくらいの衝撃だから・・
大丈夫ですよっと仲代さんには 言ったんだけど、
実際に始めての経験だったので
やってみたら まっさらのポンプだったので
気圧がめいっぱい 入ってしまっていたので
途中 いきなり ジョイントが外れて飛んでしまい
血のりの爆弾が 落ちたみたいになってしまった。
ドバーーー!!と。

こりゃあ えらいことになっってしまったなあ・・
怒られるだろうな・・と。まいったなぁ・・。と。
監督のところに お詫びに行ったら
オーケーと。言われて。
え?。。
どうなってるんだろうな・・と 思ったそうだ。

また 仲代さん本人も 吹き出す力がすごくて
すごい圧力で、手がぶるぶると震えてしまい
今だったら 後ろに倒れてしまうと思うが、
まだその頃 若かったこともあり
倒れてしまったら NGになってしまう。
倒れてはいけないと
歯をくいしばって 目をむいて 
必死でがんばって 耐えたらしい。

やっとの思いで 終わった撮影だったが
監督さんは 
なんだ、一発で オーケーじゃないか・・と。

また 押入れにはいっている侍のシーンも
まったく 映像には映ってはいないのだが
押入れの中には 映っていても居なくても 
入っていなくてはならないのが 黒澤組みのやり方だったとか。

いっさい 手を抜かないという 
いい加減な仕事はしないという 達成感があったようだ。

良かったら この特典映像が値打ちなので
ぜひぜひ 見てみて欲しいと思います。

まったく寺島進さんとは 関係ない話題でした。
あしからず・・。


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『椿三十郎』    1962年 黒澤明監督  その1
『椿三十郎』    1962年 黒澤明監督  その1

母が映画好きだったこともあり、
まだ 内容もよく解らないような幼稚園の頃から
よく映画館につれていかれた。

またその頃の映画って 封切りは忘れたが
東映時代劇にしても 2本3本いっぺんに見て
50円だ80円の時代だった。

ブーベの恋人や 鉄道員なども 2本立てだったな。
映画の全盛期だったせいか
東映の時代劇など 見てないものはないくらいに 
見に行った記憶がある。

そんなときの一作に この『椿三十郎』も含まれている。
私としては まだまだ 何も良くわからないころだったのだが、
母に連れられて なんとはなしに見た 黒澤明作品の印象は強い。

この映画も あの流れる椿の見事さと、
血がドピュッと 吹き出したのが 忘れられなくて

後年だいぶたってまで 色つきの映画では 無かったのかと 
錯覚してしたいたくらいだった。

椿の花の赤さと、
仲代達也さんの 切られたときにの
血の噴出したさまの すごさが
真っ赤な赤色の 血の色だったと
思い込んでしまっていたらしい。

記憶に 鮮明な”赤色”を植えつけるなんて、
すごい人だったんだろうな。と 今改めて思う。

それも 特典で語られていた いくつかのエピソードで
納得がいく想いだ。

黒澤明監督は この映画で モノクロ画面に
色をつけるということに 挑戦されたようです。

監督から注文が出たのは 赤い椿と 白は白でいいけど
赤い椿を なんとか色に赤く出来ないかと 言う相談があって、
最初は モノクロの画面の中で 
椿だけを赤色のカラーに出来ないかと 考えていたらしい。

モノクロだけど 花だけ 
本物の赤い色をだしたいという希望だったとか。
しかし 当時の技術ではそれはかなわず、
そのかわり モノクロ映画でも 出来る限り 
椿は赤くしたいと要望を伝えて、
そのために 考え出されたのが 赤く見える”黒”でした。

造花の椿を 黒く塗るように指示をされた スタッフは
毎朝 白い造花を アルバイトの女の子に来てもらって
15000個。。1つずつ黒色に塗り、
枝に括り付けて 幹に打ち付ける。
これを毎朝取り替えるのだが、
椿の大木が5本もあって、多摩から持ってきていたそうだが、
葉っぱは 全部神榊の木の葉っぱを 神社から持ってきては
色をぬって差し替えていたそうだ。
よりいっそう椿の木が 椿そのものに見えるように。
神社の神榊は 丸坊主に・・・。

毎日つけ変えるのだが 準備で終わっちゃう日もあるし
準備している間に 天気が終わって 中止になって
椿の準備だけで 終わることもあったそうな。
一日中 たった 1つの花の向きが 1センチ気に入らない
といっては また一日中花を 付け直すことがあったそうだ。

なんともそれだからこそ あの椿が 赤い色だと
私の頭にインプットされていたのだろう。
頭の下がる話である。


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