『大人のロック』 2008年夏号の中で
『ロック・スター』2001年
の映画を 課題として見られたようで
感想が少し 述べられていた。
この映画は 娘と見に行った映画の折に
予告編を見た覚えがあって、
これも御縁のあることなのだろうか・・と、
ちょっと レンタル屋さんで 借りて見た。
寺島進さんが 褒めていた彼女。
本当にステキな女性だ。
つかず 離れず 絶妙な距離を保っている
稀有な存在の女性である。
「私はプロよ、業界での鉄則は
才能を追え!なの」
彼女の 男を見る眼のすばらしさ、
見抜く力量、眼力の確かさ、
彼にとっての 一番の宝であり、救いである。
この彼女も素晴らしいかもしれないが、
私は この主人公マークの ご両親が好きだ。
普通の親では こんな風には 手放しで
息子を応援 できないだろう・・と思う。
愛情もそうだが、夫婦そろって
ロックスターを夢見る息子を 理解し、
才能を応援しているのだ。
まだまだ 海のものとも 山のものとも
知れない 未知数の息子を。
これが なかなか肉親だからこそ 出来ない。
安全な就職と 安全で平凡な日常を
期待してしまうのが 親の常なのだ。
ましてや年齢差のある 音楽など、
到底理解するのは 難しい。
この映画、映像が美しい、
赤、黒、青の色の世界と 音楽がマッチしている。
ステージの美しさと迫力と 若さ。
ついつい最後まで惹き込まれる。
自分のオリジナリティ・・
自分自身を はっきりと見出したときに
この主人公のコピー人生は終わる。
自分が自分であるために 全てを捨てて
やりなおすのだ。
その若者らしい 人生の選択。
なにか 見ている方も 心躍る 瞬間である。
寺島進さんも 少女と犬を例えにあげて
自分流に消化して 演じるということの難しさを
挙げている。
せりふがすーっと 頭に入っていかないときは
自分流にはなかなか 演じることができないと。
覚えたせりふすら さらさらとは出ないものらしい。
そういうときには
子供と犬とを 参考にして
なんの計算も 衒いもない
無垢の心から生まれる 所作、言葉、感動を
言葉の切れ端からも 参考にすると、
まずは 自然な心の動きを 大事にしていらっしゃるのだろう。
だからこそ
京都の太秦映画村で 子役の子を見守る目の
優しかった事、
自然と 笑みの浮かんだ あの顔がステキだった。
・・・

↑この眼、この顔。
このうえなく 優しい。
とまた、ファンのつぶやきで終わってしまった。
監督さんのコメンタリーが 面白いので
見られたかたは どうぞそちらも楽しんでみて。
『ロック・スター』2001年
の映画を 課題として見られたようで
感想が少し 述べられていた。
この映画は 娘と見に行った映画の折に
予告編を見た覚えがあって、
これも御縁のあることなのだろうか・・と、
ちょっと レンタル屋さんで 借りて見た。
寺島進さんが 褒めていた彼女。
本当にステキな女性だ。
つかず 離れず 絶妙な距離を保っている
稀有な存在の女性である。
「私はプロよ、業界での鉄則は
才能を追え!なの」
彼女の 男を見る眼のすばらしさ、
見抜く力量、眼力の確かさ、
彼にとっての 一番の宝であり、救いである。
この彼女も素晴らしいかもしれないが、
私は この主人公マークの ご両親が好きだ。
普通の親では こんな風には 手放しで
息子を応援 できないだろう・・と思う。
愛情もそうだが、夫婦そろって
ロックスターを夢見る息子を 理解し、
才能を応援しているのだ。
まだまだ 海のものとも 山のものとも
知れない 未知数の息子を。
これが なかなか肉親だからこそ 出来ない。
安全な就職と 安全で平凡な日常を
期待してしまうのが 親の常なのだ。
ましてや年齢差のある 音楽など、
到底理解するのは 難しい。
この映画、映像が美しい、
赤、黒、青の色の世界と 音楽がマッチしている。
ステージの美しさと迫力と 若さ。
ついつい最後まで惹き込まれる。
自分のオリジナリティ・・
自分自身を はっきりと見出したときに
この主人公のコピー人生は終わる。
自分が自分であるために 全てを捨てて
やりなおすのだ。
その若者らしい 人生の選択。
なにか 見ている方も 心躍る 瞬間である。
寺島進さんも 少女と犬を例えにあげて
自分流に消化して 演じるということの難しさを
挙げている。
せりふがすーっと 頭に入っていかないときは
自分流にはなかなか 演じることができないと。
覚えたせりふすら さらさらとは出ないものらしい。
そういうときには
子供と犬とを 参考にして
なんの計算も 衒いもない
無垢の心から生まれる 所作、言葉、感動を
言葉の切れ端からも 参考にすると、
まずは 自然な心の動きを 大事にしていらっしゃるのだろう。
だからこそ
京都の太秦映画村で 子役の子を見守る目の
優しかった事、
自然と 笑みの浮かんだ あの顔がステキだった。
・・・

↑この眼、この顔。
このうえなく 優しい。
とまた、ファンのつぶやきで終わってしまった。
監督さんのコメンタリーが 面白いので
見られたかたは どうぞそちらも楽しんでみて。
花よりもなほ 2006年 是枝裕和監督 その13
★ 是枝裕和監督が『花よりもなほ』のために読んだ十冊 ★
是枝裕和に、今回『花よりもなほ』を作るにあたって 読んだ十冊の本を挙げてもらった。
言われてみれば納得、だったのは、落語の世界との親和性。
選・文:是枝裕和 swicthより
「あなたも落語家になれる」 立川談志 (三一書房)
この本の序 「落語って何だ」の中に 「四十七士はお呼び出ない」と
いう章があって。
映画やテレビでは繰り返し忠臣蔵の47人を描いて来たが、250人は
逃げているじゃないか、と。
落語にはこの47人はいらない。
「人間てなァ逃げるものなのです。そしてその方が多いのですョ・・・。」
と。で、その逃げた側を描くのが落語だ、と書かれていて、
今回は、映画で、こちら側の人々を描きたいなと
思ったところが大きいのです。
「ひとごろし」 山本周五郎 (新潮文庫)
父の敵が討てない 臆病者が主人公。大好きな話。
松田優作で1度、コント55号で1度、映画化もされている。
「裏表 忠臣蔵」 小林信彦 (新潮文庫)
本人の(文庫のためのあとがき)にもある通り
忠臣蔵を 「失業したサムライが右往左往しているだけ」と、
とらえているところが 面白いです。
「日本仇討ち異相」 長谷川伸 (中央公論社)
古典です。仇を打つ側が ヒーローとして描かれてないところが
好きです。
「笑 日本の名随筆22」 桂米朝・編 (作品社)
敵討ち=復習の話なので、映画としては逆に ”笑い””軽み”
というのが 重要だなと思っていたので。
参考になったというよりは 純粋にエッセイ集として 楽しみました。
「金ちゃん弱虫」 池波正太郎 (立風書房)
仇討ちと言えば、ということなんですが。
仇討ち小説集というのが これを含め シリーズで3冊出ていますが、
「海坊主」「逆転」を合わせて、やはりとても面白かったです。
「山中貞雄作品集2」 (実業之日本社)
ここに「丹下作善余話 百万両の壷」の脚本が 掲載されていて。
映画は観られないんですが「国定忠治」の脚本も。
台詞と、ト書きのリズムが、編集を想像させて、興奮します。
「不忠臣蔵」 井上ひさし (集英社)
いろんな事情で逃げちゃった側、討ち入りに加わらなかった人間を
描いている。
映画に登場させた寺坂吉右衛門には、この、逃げちゃった側の
エピソードをいくつか背負わせている。
この本に出てくる 小山田庄左衛門を主人公にした
大佛次郎の「四十八人目の男」も面白かったです。
「志ん生長屋ばなし」 古今亭志ん生 (立風書房)
黒澤明が「どん底」を撮ったときに、撮影現場に志ん生を呼んで
スタッフとキャストで聞いたという 話があって・・・。
映画と落語は もちろん違うのですが、リズムというのは
ずいぶん参考になります。
「志ん朝の風流入門」 古今亭志ん朝・斎藤明 (ちくま文庫)
同じく、ちくま文庫の「志ん朝の落語」と合わせて。
粋というのを うまく説明出来ないのですが、
僕の中では 志ん朝なもんで、声が好きなので、
読みながら思い出してました。
ーーーーー★ −−−−− ★ーーーーー
この中で 残念ながら 私は
小林信彦の「裏表 忠臣蔵」 と 大佛次郎の「四十八人目の男」しか
読んでおりませんが、
他の作品も おいおい読んでみたいかな。。と
思っております。
皆様もぜひどうぞ。
★ 是枝裕和監督が『花よりもなほ』のために読んだ十冊 ★
是枝裕和に、今回『花よりもなほ』を作るにあたって 読んだ十冊の本を挙げてもらった。
言われてみれば納得、だったのは、落語の世界との親和性。
選・文:是枝裕和 swicthより
「あなたも落語家になれる」 立川談志 (三一書房)
この本の序 「落語って何だ」の中に 「四十七士はお呼び出ない」と
いう章があって。
映画やテレビでは繰り返し忠臣蔵の47人を描いて来たが、250人は
逃げているじゃないか、と。
落語にはこの47人はいらない。
「人間てなァ逃げるものなのです。そしてその方が多いのですョ・・・。」
と。で、その逃げた側を描くのが落語だ、と書かれていて、
今回は、映画で、こちら側の人々を描きたいなと
思ったところが大きいのです。
「ひとごろし」 山本周五郎 (新潮文庫)
父の敵が討てない 臆病者が主人公。大好きな話。
松田優作で1度、コント55号で1度、映画化もされている。
「裏表 忠臣蔵」 小林信彦 (新潮文庫)
本人の(文庫のためのあとがき)にもある通り
忠臣蔵を 「失業したサムライが右往左往しているだけ」と、
とらえているところが 面白いです。
「日本仇討ち異相」 長谷川伸 (中央公論社)
古典です。仇を打つ側が ヒーローとして描かれてないところが
好きです。
「笑 日本の名随筆22」 桂米朝・編 (作品社)
敵討ち=復習の話なので、映画としては逆に ”笑い””軽み”
というのが 重要だなと思っていたので。
参考になったというよりは 純粋にエッセイ集として 楽しみました。
「金ちゃん弱虫」 池波正太郎 (立風書房)
仇討ちと言えば、ということなんですが。
仇討ち小説集というのが これを含め シリーズで3冊出ていますが、
「海坊主」「逆転」を合わせて、やはりとても面白かったです。
「山中貞雄作品集2」 (実業之日本社)
ここに「丹下作善余話 百万両の壷」の脚本が 掲載されていて。
映画は観られないんですが「国定忠治」の脚本も。
台詞と、ト書きのリズムが、編集を想像させて、興奮します。
「不忠臣蔵」 井上ひさし (集英社)
いろんな事情で逃げちゃった側、討ち入りに加わらなかった人間を
描いている。
映画に登場させた寺坂吉右衛門には、この、逃げちゃった側の
エピソードをいくつか背負わせている。
この本に出てくる 小山田庄左衛門を主人公にした
大佛次郎の「四十八人目の男」も面白かったです。
「志ん生長屋ばなし」 古今亭志ん生 (立風書房)
黒澤明が「どん底」を撮ったときに、撮影現場に志ん生を呼んで
スタッフとキャストで聞いたという 話があって・・・。
映画と落語は もちろん違うのですが、リズムというのは
ずいぶん参考になります。
「志ん朝の風流入門」 古今亭志ん朝・斎藤明 (ちくま文庫)
同じく、ちくま文庫の「志ん朝の落語」と合わせて。
粋というのを うまく説明出来ないのですが、
僕の中では 志ん朝なもんで、声が好きなので、
読みながら思い出してました。
ーーーーー★ −−−−− ★ーーーーー
この中で 残念ながら 私は
小林信彦の「裏表 忠臣蔵」 と 大佛次郎の「四十八人目の男」しか
読んでおりませんが、
他の作品も おいおい読んでみたいかな。。と
思っております。
皆様もぜひどうぞ。
花よりもなほ 2006年 是枝裕和監督 その12
寺島進 わらじを編む男 switchより
是枝裕和作品の常連である 寺島進が演じる、
赤穂浪士の伝説から 零れ落ちた男の陰影。 文:猪野 辰
寺島進は「ワンダフルライフ」以降、是枝裕和監督作品の常連として
毎回重要な役どころを担っている。
「監督が、”次回も連続出演記録をのばしてください”なんて、
また嬉しいことを言ってくれてね」
今回、「花よりもなほ」で寺島が演じるのは、吉良邸討ち入りの直前に
逃亡されたとされる赤穂浪士、寺坂吉右衛門。
是枝裕和は脚本を書いている時点から、この約は寺島にと思っていた。
「是枝裕和監督は”今回 殺陣が一切ありません”と言ってました。
それも嬉しいじゃないですか。
”その武器は違うところで 使ってください”というね。
他の「忠臣蔵」も出演したことがありますけど、四十七士の中から
ピックアップして、それがベースになっている作品が多い中で、
”逃亡した人間が長屋に潜んでいる”というふうに 持って行く発想が
面白い」
寺島はいつもの習慣で、撮影前に一人で泉岳寺にある、寺坂吉右衛門の
墓参りをしたという。
「討ち入りって、現代ならヤクザの世界の話じゃないですか。
人伝に聞いた話ですけど、”お前アイツ撃ってこい”と 言われたら
行かなきゃいけない。
でも、わざとはずして”やってきました”と帰ってくる。
それと一緒だなと思って。
昔の人は命が二つあったわけじゃないしね。
命は変わらないものだから。
そういうことを紐解いていくと、共通点もたくさんあるんだろうなと
思うんです」
寺坂は手先が器用で、わらじの鼻緒を手早く直してしまう、という
シーンがある。
寺島もやはり 畳屋の倅として育ち、子供のころは父親から
さまざまなことを学んだ。
「親父や職人さんから いろいろ習うんですよね。
ヘリの返し方とか、畳の表に煙草の跡のついたときの ごまかし方とかね。
子供の頃に 見て感じて覚えたものって 忘れないんですよ。
でも、そういう共通点を役に無理やり入れていくわけではなくて、
自分の歴史と寺坂の歴史を 重ねていく中で、
だんだん浸透させていく・・・・」
常連の目からみて、今回、時代劇にトライした是枝の演出は
どのように見えていたかと問うと、いままでドキュメンタリータッチの
作品を撮ってきたことが 生かされているのではないか、と
寺島は言った。
「今回はいままで ドキュメンタリー的と言われた 演出法と、
新たに チャレンジした時代劇の撮り方が 融合したような部分が
あったと思います。
普通は単に 役を演出するわけですけど、是枝裕和監督は 人間を演出して、
今回は それに加えて役も 濃く演出している。
だから、やっぱり吉右衛門を通して 寺島進を見ているような感じがするんですよ。
現場に立っているときの是枝裕和監督の 目線は、 以前と変わらないですね。
目をそらさずに キャメラの前にいる人間を ずっと 見続ける視線が、
とても鋭い眼差しであり、とても優しい眼差しなんです。」
その視線は、優しいぶんだけ 厳しくもある。
つまり 役者本人の所作や 立ち姿、
より大袈裟に言えば”生き方”とも言うべきものまでもが、
その視線の対象となってくるからだ。
「役を演じているときには、”役を演じてしまっている”ところが
あるので 普通は撮影が終わったら 役はすぐに取り払われるんですよ。
気持ちを切り替えられる。
でも、是枝裕和監督は 役の奥の人間も演出するから、
こっちも 自分の心を全部露出しないと いけない部分があって、
演じ終わった後の 余韻が深いんですよね。
なかなか抜けない。
だから 今回は 撮影が京都でよかったと思いました。」
「京都は異空間 ”ディスタンス”ですから」
と洒落て、寺島は笑った。
「是枝裕和監督の演出は うわべだけじゃないんです。
本気、本物なんですよ。
だから あの人は メッキが剥がれない。
今回、監督は現場で 楽しそうな顔をしていましたね。
『ディスタンス』のときは、監督自身が悩んでいるときもあった。
監督が悩んじゃうと、こっちも悩んじゃうからね。
でも 今回は全然悩んでない。
どこの現場でも 監督が楽しそうな顔をしていると
こっちも嬉しい。
それが映画作りの一体感じゃないかと思います」
ーーーー★ −−−− ★ーーーー
見ていないようで なんて 優しい目をして
まわりのことを 的確に見ているのだろうか。
これが また演技への反映につながっているんだろうな。。
また一枚大きく撮られた 立ち姿の写真が素敵だ。
右足には包帯を巻いている。
小野寺のところに 患者さんとして 通っていたという
設定が ここに現れているのが奇妙しい。。
寺島進 わらじを編む男 switchより
是枝裕和作品の常連である 寺島進が演じる、
赤穂浪士の伝説から 零れ落ちた男の陰影。 文:猪野 辰
寺島進は「ワンダフルライフ」以降、是枝裕和監督作品の常連として
毎回重要な役どころを担っている。
「監督が、”次回も連続出演記録をのばしてください”なんて、
また嬉しいことを言ってくれてね」
今回、「花よりもなほ」で寺島が演じるのは、吉良邸討ち入りの直前に
逃亡されたとされる赤穂浪士、寺坂吉右衛門。
是枝裕和は脚本を書いている時点から、この約は寺島にと思っていた。
「是枝裕和監督は”今回 殺陣が一切ありません”と言ってました。
それも嬉しいじゃないですか。
”その武器は違うところで 使ってください”というね。
他の「忠臣蔵」も出演したことがありますけど、四十七士の中から
ピックアップして、それがベースになっている作品が多い中で、
”逃亡した人間が長屋に潜んでいる”というふうに 持って行く発想が
面白い」
寺島はいつもの習慣で、撮影前に一人で泉岳寺にある、寺坂吉右衛門の
墓参りをしたという。
「討ち入りって、現代ならヤクザの世界の話じゃないですか。
人伝に聞いた話ですけど、”お前アイツ撃ってこい”と 言われたら
行かなきゃいけない。
でも、わざとはずして”やってきました”と帰ってくる。
それと一緒だなと思って。
昔の人は命が二つあったわけじゃないしね。
命は変わらないものだから。
そういうことを紐解いていくと、共通点もたくさんあるんだろうなと
思うんです」
寺坂は手先が器用で、わらじの鼻緒を手早く直してしまう、という
シーンがある。
寺島もやはり 畳屋の倅として育ち、子供のころは父親から
さまざまなことを学んだ。
「親父や職人さんから いろいろ習うんですよね。
ヘリの返し方とか、畳の表に煙草の跡のついたときの ごまかし方とかね。
子供の頃に 見て感じて覚えたものって 忘れないんですよ。
でも、そういう共通点を役に無理やり入れていくわけではなくて、
自分の歴史と寺坂の歴史を 重ねていく中で、
だんだん浸透させていく・・・・」
常連の目からみて、今回、時代劇にトライした是枝の演出は
どのように見えていたかと問うと、いままでドキュメンタリータッチの
作品を撮ってきたことが 生かされているのではないか、と
寺島は言った。
「今回はいままで ドキュメンタリー的と言われた 演出法と、
新たに チャレンジした時代劇の撮り方が 融合したような部分が
あったと思います。
普通は単に 役を演出するわけですけど、是枝裕和監督は 人間を演出して、
今回は それに加えて役も 濃く演出している。
だから、やっぱり吉右衛門を通して 寺島進を見ているような感じがするんですよ。
現場に立っているときの是枝裕和監督の 目線は、 以前と変わらないですね。
目をそらさずに キャメラの前にいる人間を ずっと 見続ける視線が、
とても鋭い眼差しであり、とても優しい眼差しなんです。」
その視線は、優しいぶんだけ 厳しくもある。
つまり 役者本人の所作や 立ち姿、
より大袈裟に言えば”生き方”とも言うべきものまでもが、
その視線の対象となってくるからだ。
「役を演じているときには、”役を演じてしまっている”ところが
あるので 普通は撮影が終わったら 役はすぐに取り払われるんですよ。
気持ちを切り替えられる。
でも、是枝裕和監督は 役の奥の人間も演出するから、
こっちも 自分の心を全部露出しないと いけない部分があって、
演じ終わった後の 余韻が深いんですよね。
なかなか抜けない。
だから 今回は 撮影が京都でよかったと思いました。」
「京都は異空間 ”ディスタンス”ですから」
と洒落て、寺島は笑った。
「是枝裕和監督の演出は うわべだけじゃないんです。
本気、本物なんですよ。
だから あの人は メッキが剥がれない。
今回、監督は現場で 楽しそうな顔をしていましたね。
『ディスタンス』のときは、監督自身が悩んでいるときもあった。
監督が悩んじゃうと、こっちも悩んじゃうからね。
でも 今回は全然悩んでない。
どこの現場でも 監督が楽しそうな顔をしていると
こっちも嬉しい。
それが映画作りの一体感じゃないかと思います」
ーーーー★ −−−− ★ーーーー
見ていないようで なんて 優しい目をして
まわりのことを 的確に見ているのだろうか。
これが また演技への反映につながっているんだろうな。。
また一枚大きく撮られた 立ち姿の写真が素敵だ。
右足には包帯を巻いている。
小野寺のところに 患者さんとして 通っていたという
設定が ここに現れているのが奇妙しい。。
花よりもなほ 2006年 是枝裕和監督 その11
小説の方を読んでみて。 角川書店より 平成18年6月3日
宗左(岡田准一)と吉右衛門(寺島進)とが碁を打つ場面があるが 小説では。
夕方になってそろそろ今日はこの辺でと吉右衛門は席を立った。
戸口までやって来た時、吉右衛門は土間に置かれた宗左のぞうりを手に取った。
ここのところ寺子屋が忙しくて 休む日もあったが、仇探しで江戸中を
歩き回っているからだろう、だいぶ履き古されていて 鼻緒がとれかけている。
しばらく眺めていたが、煙草入れを畳の上に置くと、寺坂はその中から
キセルを取り出した。
吸い口を使って 鼻緒を穴に押し込むと、裏から紐を引っ張り出して 丁寧に
撚りなおす。
(うまいもんだなあ・・・)
宗左は腕組をしながら感心して 吉右衛門の手元を見つめている。
その視線に気づいて、吉右衛門はちょっと照れ臭そうに、
「私、昔から手元だけは器用でして・・・」
そう言って初めて笑った。
小野寺の部屋にいる時も 碁を打っている時も 一度も
こんな笑顔はみせなかったが、ひとなつっこい良い笑顔だった。
志を同じくする仲間とは言え、彼らはことあるごとに足軽である自分を
馬鹿にする。
そんな連中と一緒にいるよりは、何も知らない宗左と居る方が
寺坂にとってはむしろ気が楽だった。
最初は様子を探る為に 潜入したのだが、
なにより侍らしからぬ 穏やかな宗左に、寺坂は次第に 親しみを
覚えるようになって来ていた。
もちろんそんなことは 仲間には打ち明けられなかったが。
「今日のところはこれで」
「またいつでも どうぞ」
表まで見送った宗左が吉右衛門に笑いかけた。
吉右衛門は頷くと 大きな薬箱を背負って帰って行った。
仇捜しに精一杯で、宗左は碁を打つ友人など この二年、
持ったことがなかった。
だから、ここ数日で親しくなった 彼の存在は宗左にとっても
貴重だったのだ。
(碁が得意なのが、あめ屋の方じゃなくて 良かった・・・)
ーーーー ★ −−−−− ★ −−−−−−
文章で読むとまた 違った二人の様子が頭に浮かびます。
なんとも あたたかくいいですよね。
また ぴょんぴょん跳ねる 孫三郎も
竹とんぼをつくらせたら 右に出るものがいないという・・
そう書かれているのが あたたかい。
ーーーーー★ ーーーー ★ −−−−−−
貞四郎もまた この場面が好きだ。
「その話、もう誰かにしちまったかい」
宗左は左右に首を振る。
それを見て貞四郎、宗左に気付かれない様に ちさくホッと笑った。
「じゃあ、もう少し内緒にしとくか」
「内緒・・・」
「今時さ、もののふだぁ、仇討ちだぁって時代後れなんだよ。
だいたいお前のその腕じゃぁ 絶対かなわねえだろ、あいつに・・」
それは間違いない。
「だろ。だったらさ、その話、俺がこの胸の中に 大事にしまっといてやる。
安心しな。
ただな。急に仇捜しやめちまうと 他の連中に疑われるかもしれねえ。
だから今まで通り、俺が時々 仇ぃ見つけてくるから、
お前も知らないふりして 付き合いな」
宗左、何となく 釈然としない。
「嘘を抱えて毎日暮らすってのは なかなか大変だが、
それはそれで人間を大人にするよ。
艶っていうのは そういうとっから出てくるんだよ。
馬鹿正直ってのは 面白みに欠けて いけねえや。
長屋の掃溜め連中みてみろ。
嘘なんておつなもん抱えて生きてるやつなんか ひとりもいやしねぇ。
野暮もいいところだ。
この、色男、風呂上りっ」
貞四郎、そこまで一息に言うと 空になった皿を手に持って、
「くず餅をもう一つ 頼んでいいかい?」
そう、言った。
(本当に くず餅食べたいだけだったの?)
貞四郎の優しさに ほだされた自分の気持ちに、少し自信がなくなった
宗左が口を開く前に、
「くず餅 もう一丁」
貞は 店の奥に声を掛けた。
ーーーーー ★ −−−−− ★ −−−−−−
ほんわり ほっかり あたたかくなる。
ぜひ一読してみてください。
また違った物語が見えてきます。
小説の方を読んでみて。 角川書店より 平成18年6月3日
宗左(岡田准一)と吉右衛門(寺島進)とが碁を打つ場面があるが 小説では。
夕方になってそろそろ今日はこの辺でと吉右衛門は席を立った。
戸口までやって来た時、吉右衛門は土間に置かれた宗左のぞうりを手に取った。
ここのところ寺子屋が忙しくて 休む日もあったが、仇探しで江戸中を
歩き回っているからだろう、だいぶ履き古されていて 鼻緒がとれかけている。
しばらく眺めていたが、煙草入れを畳の上に置くと、寺坂はその中から
キセルを取り出した。
吸い口を使って 鼻緒を穴に押し込むと、裏から紐を引っ張り出して 丁寧に
撚りなおす。
(うまいもんだなあ・・・)
宗左は腕組をしながら感心して 吉右衛門の手元を見つめている。
その視線に気づいて、吉右衛門はちょっと照れ臭そうに、
「私、昔から手元だけは器用でして・・・」
そう言って初めて笑った。
小野寺の部屋にいる時も 碁を打っている時も 一度も
こんな笑顔はみせなかったが、ひとなつっこい良い笑顔だった。
志を同じくする仲間とは言え、彼らはことあるごとに足軽である自分を
馬鹿にする。
そんな連中と一緒にいるよりは、何も知らない宗左と居る方が
寺坂にとってはむしろ気が楽だった。
最初は様子を探る為に 潜入したのだが、
なにより侍らしからぬ 穏やかな宗左に、寺坂は次第に 親しみを
覚えるようになって来ていた。
もちろんそんなことは 仲間には打ち明けられなかったが。
「今日のところはこれで」
「またいつでも どうぞ」
表まで見送った宗左が吉右衛門に笑いかけた。
吉右衛門は頷くと 大きな薬箱を背負って帰って行った。
仇捜しに精一杯で、宗左は碁を打つ友人など この二年、
持ったことがなかった。
だから、ここ数日で親しくなった 彼の存在は宗左にとっても
貴重だったのだ。
(碁が得意なのが、あめ屋の方じゃなくて 良かった・・・)
ーーーー ★ −−−−− ★ −−−−−−
文章で読むとまた 違った二人の様子が頭に浮かびます。
なんとも あたたかくいいですよね。
また ぴょんぴょん跳ねる 孫三郎も
竹とんぼをつくらせたら 右に出るものがいないという・・
そう書かれているのが あたたかい。
ーーーーー★ ーーーー ★ −−−−−−
貞四郎もまた この場面が好きだ。
「その話、もう誰かにしちまったかい」
宗左は左右に首を振る。
それを見て貞四郎、宗左に気付かれない様に ちさくホッと笑った。
「じゃあ、もう少し内緒にしとくか」
「内緒・・・」
「今時さ、もののふだぁ、仇討ちだぁって時代後れなんだよ。
だいたいお前のその腕じゃぁ 絶対かなわねえだろ、あいつに・・」
それは間違いない。
「だろ。だったらさ、その話、俺がこの胸の中に 大事にしまっといてやる。
安心しな。
ただな。急に仇捜しやめちまうと 他の連中に疑われるかもしれねえ。
だから今まで通り、俺が時々 仇ぃ見つけてくるから、
お前も知らないふりして 付き合いな」
宗左、何となく 釈然としない。
「嘘を抱えて毎日暮らすってのは なかなか大変だが、
それはそれで人間を大人にするよ。
艶っていうのは そういうとっから出てくるんだよ。
馬鹿正直ってのは 面白みに欠けて いけねえや。
長屋の掃溜め連中みてみろ。
嘘なんておつなもん抱えて生きてるやつなんか ひとりもいやしねぇ。
野暮もいいところだ。
この、色男、風呂上りっ」
貞四郎、そこまで一息に言うと 空になった皿を手に持って、
「くず餅をもう一つ 頼んでいいかい?」
そう、言った。
(本当に くず餅食べたいだけだったの?)
貞四郎の優しさに ほだされた自分の気持ちに、少し自信がなくなった
宗左が口を開く前に、
「くず餅 もう一丁」
貞は 店の奥に声を掛けた。
ーーーーー ★ −−−−− ★ −−−−−−
ほんわり ほっかり あたたかくなる。
ぜひ一読してみてください。
また違った物語が見えてきます。
『ワンダフルライフ』 是枝裕和監督 その7
☆☆ 『小説ワンダフルライフ』 の本 ☆☆
もう一箇所ふむと 思う部分が、
杉江は面接室で死者がやってくるのを待ちながら
今晩は趣を変えてアッサム茶でミルクティーを
淹れてみようかなどと考えていました。
彼はここでの仕事が嫌いだったわけではありません。
ただ、一年もやればコツはつかめましたし、
死者が選ぶ思い出にも傾向があることはすぐわかりましたから、
その何種類かのパターンを整理して対策を考えれば
容易に仕事はこなせました。
ですから毎週のように苦しみながら綱渡りを繰り返している
川嶋のような存在のほうが、むしろ杉江には信じられませんでした。
(長い人生の中から ひとつだけ思い出を選ぶという作業を
たった三日でするなどということは、
最初は ほとんどの人は不可能だと思うかもしれない。
特に70年、80年という長い人生を過ごしてきたお年よりには
なおのこと大変な作業だと。
しかし、ここで働き始めてすぐにそれは間違いだったことに気がついた。
人は常に現在や未来を考えながら生きているわけではない。
特に子どもも孫も育て上げてしまった女性とか、
仕事をリタイヤし、年金生活にはいった男性は、
もうその余生を送りながら「あの頃はよかった」「あの頃は辛かった」
などと 人生を回想し始めている。
彼らは生きてはいるが、決して現在を生きているわけではない。
生きながら”思い出”という過去を行き始めているのだ。
つまり、そういう人々は実はここへ来る前に すでに選択作業の大半を
終えてしまっているということなのだ。
彼らは、昔のアルバムと紐解きながら懐かしさにひたっていた
生前の行為を、ここでもう一度再現してくれさえすればいいのだ。
だから、「たった三日ですか」と驚いた使者たちの大半は、
一晩床につけば翌日には自分から面接室を訪れる。
僕はその相手に合わせて 自分の役割を変えてやればいい。
ある時は夫に、ある時は息子に、ある時は父に。友人に。
学校の教師に。彼らが生前その思い出を繰り返し話してきた
相手を想像し、演じてあげればそれでいいのだ。
簡単なことだ。
おいしい紅茶を淹れるほうが よっぽど難しい。)
杉江は本当にそう考えていたのでした。
★ ★ ★
確かにそうかもしれない。
私なども ある程度自分の中で 選択が済んでいるような気がする。
一番楽しかった時・・
それは・・・・・と。

☆☆ 『小説ワンダフルライフ』 の本 ☆☆
もう一箇所ふむと 思う部分が、
杉江は面接室で死者がやってくるのを待ちながら
今晩は趣を変えてアッサム茶でミルクティーを
淹れてみようかなどと考えていました。
彼はここでの仕事が嫌いだったわけではありません。
ただ、一年もやればコツはつかめましたし、
死者が選ぶ思い出にも傾向があることはすぐわかりましたから、
その何種類かのパターンを整理して対策を考えれば
容易に仕事はこなせました。
ですから毎週のように苦しみながら綱渡りを繰り返している
川嶋のような存在のほうが、むしろ杉江には信じられませんでした。
(長い人生の中から ひとつだけ思い出を選ぶという作業を
たった三日でするなどということは、
最初は ほとんどの人は不可能だと思うかもしれない。
特に70年、80年という長い人生を過ごしてきたお年よりには
なおのこと大変な作業だと。
しかし、ここで働き始めてすぐにそれは間違いだったことに気がついた。
人は常に現在や未来を考えながら生きているわけではない。
特に子どもも孫も育て上げてしまった女性とか、
仕事をリタイヤし、年金生活にはいった男性は、
もうその余生を送りながら「あの頃はよかった」「あの頃は辛かった」
などと 人生を回想し始めている。
彼らは生きてはいるが、決して現在を生きているわけではない。
生きながら”思い出”という過去を行き始めているのだ。
つまり、そういう人々は実はここへ来る前に すでに選択作業の大半を
終えてしまっているということなのだ。
彼らは、昔のアルバムと紐解きながら懐かしさにひたっていた
生前の行為を、ここでもう一度再現してくれさえすればいいのだ。
だから、「たった三日ですか」と驚いた使者たちの大半は、
一晩床につけば翌日には自分から面接室を訪れる。
僕はその相手に合わせて 自分の役割を変えてやればいい。
ある時は夫に、ある時は息子に、ある時は父に。友人に。
学校の教師に。彼らが生前その思い出を繰り返し話してきた
相手を想像し、演じてあげればそれでいいのだ。
簡単なことだ。
おいしい紅茶を淹れるほうが よっぽど難しい。)
杉江は本当にそう考えていたのでした。
★ ★ ★
確かにそうかもしれない。
私なども ある程度自分の中で 選択が済んでいるような気がする。
一番楽しかった時・・
それは・・・・・と。





