ちわわんと言うハンドルネームと、タイトル名と、この名前を作ってから・・・いつの間にやら 20年余りも経過しちゃったなぁ~・・・あの頃は、タグ打ちの時代で、同じ名前は登録できなかった時代だったのになぁ~~~・・・Windows95のホームページの時代から考えると、すごいわよねぇ。。写真もコメントもさくさく入れられるようになっちゃって驚いちゃうわよね( *´艸`)

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ひとりごと・・

ちわわん

Author:ちわわん
知り合った多くの友人たちに。
感謝をこめて。

↑写真はぷりんちゃん15歳6ヶ月と20日(2015年6月20日没)と
3年前に5月7日に17歳で亡くなったその母ムーバです。

静岡市在住の。
ご近所の犬ともだちさんへ。
ありがとうの言葉を添えて☆

長い犬人生と映画など色々。
20年程前のホームページも合体しました。
これからもよろしくお願いいたします。


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五月晴れと宇津ノ谷峠・・・その2
このごろは

この頃は・・・

もと
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はたび

旗日という言葉も聞かなくなったし・・・

国旗
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国旗

日の丸の国旗も掲げる家も少なくなってしまったなぁ・・・・

町並み
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町並み

なんだか・・ちょっぴり寂しい気持ちがするような。。。

いいねえ
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いいねえ

なかなか
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なかなか

色々あれど・・・やっぱり歌って欲しい君が代だったり・・・

おはおりや

そんな香りが嬉しい古き家並みに溶け込んだひととき。。。

おっちら
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おっちら

おっちらおっちら・・・

いきぬく

根強さのような・・・生き抜く活力を思い起こさせるような道並み・・・

ひっそりと
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ひっそりと

ひっそりと・・・力強い集落の石畳を歩く。。

こちらの集落は・・・その昔・・・秀吉が小田原征伐の際に作ったと言われ、
参勤交代の大名や旅人が・・・
明治初期まで利用していたのだそうな。。。

京都の都へ行くにしても・・・鎌倉幕府に行くにしても・・・江戸城へ行くにしても・・・
一千有余年・・
こちらの宇津ノ谷峠を越えて行かなければ・・・何処へも行くことなどができなかったのだ。

大正トンネル
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大正トンネル

↑の写真は・・大正のトンネルです。

大正時代から計画が進められて、昭和5年に完成したという。全長230m、
両裾がわずかに狭まった形をしていて。
なんだかそれは・・かまぼこを連想させる・・・蒲鉾形をしているのです。。

いまでも立派に車の往来が・・・

そして

そして・・・こちらは・・・

明治のトンネル
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明治のトンネル

明治のトンネルで・・・

全長270m、明治9年に日本初の有料トンネルとして築造されました。
現在のトンネルは明治36年に改修されたものだということです。

カンテラ

趣の感じられる・・赤レンガ調のトンネル内には
オレンジ色のカンテラの灯りがともっていて・・なんともムード満点!
レトロな雰囲気を醸し出しているのです。

よぉ~く見ると・・・向こう側から歩いて来る人たちが見えるのですが・・・見えますかしら?

とっても

また、
トンネルの周辺には石畳や東屋・トイレなどが整備されていて、とても綺麗です。

平成11年には「明治のトンネルと宇津ノ谷の集落」が
「静岡都市景観賞ふるさと静岡部門」で優秀賞を受賞したそうです。

ボランティア

ボランティアのガイドの方々が控えていて・・とても親切丁寧に説明してくださいます。(*^_^*)

そしてこの他にも、
昭和のトンネルや・・

昭和34年に当時のトンネル工事の技術の枠を集め開通した全長844mのトンネルで。
現在では、岡部バイパスの上り線として併用されているのですが。

平成のトンネルなどが・・

岡部バイパスの4車線化に伴い近代トンネルの技術を採用して宇津ノ谷峠周辺の歴史的、
地域的特性を配慮したうるおいの空間を創造していて。
全長881mで岡部バイパスの下り線として併用されています。

などなど・・の4つのトンネルが近接されていて、比べてみるのも楽しいですよ。

きゃっほっほ! ぼぉ~っとして為す事もなく・・
ふふふ。お誘いがあって島田の薔薇園へ~~~

もう咲いているかしらん? 楽しみだなああ。。

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五月晴れと宇津ノ谷峠・・・
蔦の細道

今訪れても鬱蒼と木々が茂り・・・雑草の背も高く密集していて
道自体がとてもうら寂しい限りの場所ではあるが。。

平安前期の歌物語である 「伊勢物語」では、
その物悲しさとうらさびしさをとりあげて、歌が詠まれている。

こちらの物語の主人公は
当時、絶世の美男子だと言われた在原業平(ありわらのなりひら・825~880)だといわれています。

よく小野小町との百夜通いで知られているお方だ。
宇治へ行くと 百夜通いをした道が残っていて 今なおその当時の木々が立っている。

在原

蔦の細道は、平安時代の初めから鎌倉時代にかけて東西を行きかう主要道路でした。

寂しい東国下りの途中、偶然にも「蔦の細道」で京の知人の修行僧に出会います。

より行き行きて駿河国に至りぬ。
宇津の山にいたりて、
わがゆくすえの道は、いと暗う細きに、蔦楓(つたかえで)は茂りて、
物心ぼそう、すずろなるめを見ることと思ふに、
修行者あたり、かかる道にはいかでかおはするといふに、
見れば、見し人なりけり。」

「京に、その人の御もとにとて、文かきてつく。」

駿河なる宇津の山辺の現(うつつ)にも 夢にも人に逢はぬなりけり


蔦の細道

暗く細い山道で、心細い思いをしていたところ、思いがけなく知り合いに出会った。
業平は筆と紙を取り出し京にいる人(女性と思われる)に手紙を書き僧侶に託したというのである。



業平が、ツタやカエデが生い繁る峠の寂しさを歌ったことから、
「蔦の細道」という地名が生まれたと言われていて。。

この地名は、鎌倉時代の『東関紀行』や『十六夜日記』にも登場している。

なぜか・・・
私たちにこの事を教えてくれた古文の先生であったシスターは
高2の時に あのシスターの服装でココを登りながら・・・

都鳥の歌も・・・ここで都の方を後ろ髪引かれながら詠んだのだと・・私たちに教えたが。。

果たして。。
後年解釈の本を読むに・・・ゆりかもめを見ながら詠んだんだと言うしな。。。

木枯らしの森の歌も詠んでいたなあ。。。。全然覚えてないのだが。。(*^_^*)

そのあと2度ほど大人になってからも友人達と峠越えをした覚えがある。。

こちらには
さてもさて・・・

もと
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こちらには
こちらには・・・

とことこ
忘れ去られたような山村の集落があり・・・

階段
昔のままの風情を残すその家並みに・・・・

家並み

しばし
(↑クリックすると大きくなります)

しばし
しばし見とれる。。。

こんな
こんな・・・田舎家でも・・・ナイロンの鯉のぼりに・・・・

時代の
時代の波を感じます。。。

ぷりん

今でもこのまんま。。。

階段

昔訪れた時には もっともっと 鄙びていたような・・・・

みあげる

その2につづく。

今日はQUEUEさんに~~

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