偲ぶ想いと・・・新たなる出発と想い出を。

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ひとりごと・・

ちわわん

Author:ちわわん
知り合った多くの友人たちに。
感謝をこめて。

↑写真はぷりんちゃん15歳6ヶ月と20日(2015年6月20日没)と
3年前に5月7日に17歳で亡くなったその母ムーバです。

静岡市在住の。
ご近所の犬ともだちさんへ。
ありがとうの言葉を添えて☆

長い犬人生と映画など色々。
20年程前のホームページも合体しました。
これからもよろしくお願いいたします。


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ひとりと一匹電車旅。。由比の町へ
5月のはじめに。

海
一人。東海道線に乗って。

由比駅
久しぶりに。由比駅に行ってみました。

由比の町
そこからは。タクシーに乗って。

一路
一路。由比本陣公園へ。

ポーズ
ここには東海道広重美術館や、

公園
御幸亭などがあり、
去年静岡市と合併されるまでは
こちらでお茶席が設けられていたのだが。

由比本陣
ここの左側には。

馬の水呑場
本陣らしい。
馬のための水呑場の名残りがあり。

亀
今では。

亀
なんとも可愛らしい。

亀
亀さんの甲羅干しを見ることが。(笑)

由比正雪
向え正面には。

紺屋
由比正雪の生家である。

染物
紺屋があり。

古き
土産物屋として残っている。

ぷりんちゃん
正面にてポーズ!

さくらえび
またまた。タクシーに乗って。

穴?
こんな狭い穴?をくぐってゆくと。。

そこには
そこには。
由比の漁港が。

漁港
広がっている。

列
しかし。
驚くのはこの列の長さ。。

桜海老
お目当ては。漁港が経営している。

めにゅ
旬ならではの桜海老!

お待ちわんわん
お待ちわんわん中のぷりんと。

風情
船の形の調味料入れ。

桜海老どんぶり
私はこちらを。

ぷりんちゃん
お待ちわんわん。居眠り中。

うえむき
疲れたようで。家に帰って爆睡中。

ひとりと一匹電車旅。。

トイレが困るんだよねええ。。。
飼い主の方のさ。。。
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テーマ:わんことの生活 - ジャンル:ペット


★・・お七里役所をつくった背景・・・★
★・・お七里役所をつくった背景・・・★

・・・参考資料・・・・
「徳川三代なるほど事典」 「徳川将軍家への反逆」

頼宣は、
慶長7年(1602)、京都伏見城で生まれた。
母はお万の方(蔭山殿)である。

駿府で家康に育てられ、
慶長14年に、東海道の要衝、
駿河・遠江・東三河53万石に転封されている。

家康の死により、
そのまま駿府城主となっていたが、
元和5年(1619)、二代将軍秀忠の要請を受け、
紀伊55万5千石に転封した。

「御三家」紀州藩の誕生である。
18歳のときであった。

時は移り、
寛永9年(1632)秀忠没後、
将軍家光とその閣僚たちは、
堰を切ったように新政権の確立にはしりだした。

生まれながらの将軍たる家光は、
たとえ御三家・御親藩といえども、
有無を言わせぬ将軍への臣従を求め、
その権威を磐石のものとすべく図っていったのである。

この時期、
頼宣はまだ30歳を出たばかりの青年藩主として、
御三家の一翼を担っていたが、しかし、
周辺の状況は大きな変化を遂げていた。

父家康、兄秀忠はすでに亡く、
臣従する現将軍は、年下の甥の家光である。
同じ臣従ではあっても、
秀忠時代のような兄弟としての情愛はなくなっていた。

しかも家光政権の核は、
家光のブレーンたちによる強力な官僚政治であった。
家格に対する敬いはあっても、
幕府の政治に御三家が参与するなど、
基本的に無理な構造となったいたのである。

頼宣の胸奥には、不満と虚しさだけが積もっていった。

それからほぼ20年 ― 頼宣の欝然たる思いを宿したまま、
家光政権はますます揺るぎのない幕藩体制を整えていった。

その間、頼宣もまた、
紀伊藩の藩政強化に努めるいっぽう、
社会問題化していた増加を重ねる浪人救済に力を尽くしていた。

慶安4年(1651) 4月、三代将軍・徳川家光が逝去。

そして3ヵ月後、将軍交代という
不安定な過渡期を狙いすましたように「慶安の変」は起こった。

由比正雪や丸橋忠弥らの
幕府転覆を企てた反逆事件である。

幕府は、事件の黒幕として頼宣を疑った。
頼宣は灰色の嫌疑をかけられたまま、
四代将軍が幼年の間は江戸に在府するよう命じられた。

幼君家綱の補佐というのがその理由であった。
頼宣が帰国を許されたのは、それから8年後であった。

頼宣はその後も、
常に幕府から警戒の目で見られてはいたが、
問題を起こすことなく、寛文7年(1667) に隠居し、
同11年(1671)70歳で没した。

☆ーーー☆ーーー☆ーーー☆ーーー☆

奇しくも、由比正雪の生まれた生家というのが、
由比の本陣屋の真向かいに、現在もなお残っている。
中を覗くと、紺屋を営んでいたという、
店番をしている女性に話を聞くと、
なんと、20年くらい前まで、実際にお兄さんたちが
染めていたそうである。

藍甕がたくさん並んでいる。

由比正雪の首塚は、すぐ傍の愛宕霊園にある。


テーマ:ドラマ感想 - ジャンル:テレビ・ラジオ


子連れ狼 13話。  2003年 テレビ朝日
子連れ狼 13話。  2003年 テレビ朝日


殺意の待ち伏せ! 夫を斬りたい女と観音像の大五郎

私のとても大好きな作品のひとつ。
しかも舞台は地元の静岡の由比と、鞠子宿である。
この作品は、去年の3月にも、
午前10時半から静岡で再放送されていた。

紀州お七里さん〈飛脚〉飛甚左役を寺島進さん。

「俺は七里の道を、走るしか、
 それしか、能のない男だから・・」

と、斬られても、ただひたすらに走りぬく男を演じる。

寡黙な男、飛甚左・・
三度の飯より 走る事が好きだという
お七里さんの役だ。

このお七里さん、紀州藩が設置した私設の飛脚である。

☆ーーー☆ーーー☆ーーー☆ーーー☆

江戸時代の初期、
寛文年間 、紀州 徳川頼宣は、
江戸屋敷と、領国の居城の間
146里に沿って、7里間隔の宿場に、
独自の連絡機関として
23ヶ所に中継ぎ役所を設けた。

静岡県内では
《沼津》《由比》《丸子》《金谷》《見付》《新居》に
設けられ、
この役所を「お七里役所」と呼び
5人1組の飛脚を配置した。

これには、健脚にして剣道、
弁舌に優れた仲間が選ばれ、
昇り竜、下り竜の模様の伊達半纏を着て
《七里飛脚》の看板を持ち
腰に刀、十手を差し
御三家の威光を示しながら往来した。

普通便は毎月3日、江戸は5の日、
和歌山は10の日と出発し道中8日を要し、
特急便は4日足らずで到着した。

徳川頼宣は、
徳川家康の第十子で、
家康が亡くなって3年後に、駿府を追われ
紀州和歌山にお国替えさせられた。

こうした事もあって紀州家では、
幕府の行動を警戒する諜報機関として
お七里役所をつくったのである。

☆ーーー☆ーーー☆ーーー☆ーーー☆

はしる。はしる。
実際に走っていて、
はやい! はやい!

寡黙に。ただただ、ひたすら走るのだ。

そんな出世や、世情に、無縁なところで生きてきたはずの
甚左だったのだが、
紀州家のお家騒動の内紛に巻き込まれてしまう。

脅されて、女房と子供を守るために、
ひとり、何も言わずに、
離縁状だけを渡して家を出てゆく。

だが、そのあと、子供は病気で死んでしまった。
捨てられたと勘違いした女房は、復讐を誓う。
この女房役の女優さんが、筒井真理子さんで、
私の好きな女優さんの一人だ。

池のほとりで、供養のために、
そっと母子像を彫っている姿がとても良い。

そして、この物語の舞台は、なんと、
静岡にある 由比の宿と、鞠子宿・・サッタ峠なんぞも出てくる。

宿場町 由比を訪ねて・・
http://terajimasusumusan.blog37.fc2.com/blog-entry-663.html

現在、紀州藩七里役所跡は、普通の人家になっていて、
ただ黒い石に由緒が書かれているだけだった。

実際に、お七里さんが着ていたという半纏は 
全体に迫力のある昇り竜が描かれていて とても素敵だ。

これを、ドラマでも、
寺島進さんにも着てもらいたかったな。。。
とても似合っただろうな。。。
などと想像してしまった。(笑)

サッタ峠で待ち伏せの侍たちに襲われて、
斬られてもなお、走り続ける、その姿がとても胸をうつ。
思わず、ぐっとくるシーンである。

倒れても、倒れても 走り続ける・・その姿。
思わず、手を差し伸べてしまいそうになる。

傍にいれば、肩を貸して、一緒に走るのに・・。

なぁんてね!

最後に女房と甚左が由比で再開して見つめあい
甚左・女房と再会

「おまえさんみたいに 不器用で馬鹿な男には 
 あたしがついていないと駄目だもんね・・・」

と、三行半の紙を、びりびりに・・・
それを、桜の花びらのように、ぱらぱらと、
空に向かって散らす・・・。
甚左と女房桜ふぶき

そして、見つめあうふたり・・・。

この場面がとっても素敵だ。
甚左女房と見詰め合う

このときの、寺島進さんの、
目と表情がとてもいい。

なんとも、是非みてほしい一作だ。

白い半纏姿も、とても素敵です。
白の半纏

是非どうぞ。




テーマ:ドラマ感想 - ジャンル:テレビ・ラジオ


宿場町 由比を訪ねて・・
宿場町 由比を訪ねて・・

子連れ狼13話にて、
殺意の待ち伏せ!夫を斬りたい女と観音像の大五郎
の舞台となった由比を訪ねてみました。

由比は静岡から 東海道線で5つ目、400円。
降りてみると、桜海老のしゃちほこみたいな
アーケードが目につく。
桜海老

ガランとしていて、誰も居ない。
日曜日だと言うのに・・。

だいたいが、駅に降りた時に、
ホームに下りた人が、私と友人の二人っきり、
あとは駅員さんだけだった。

かえって普通の日のほうが、
通勤やなにかで賑やかなのかもしれないなあ。

また、駅前からずうっと、車の一台も走っていない。
ガラッガラ・・・。

レンタル自転車を借りて だいぶ走ってから
ぽつん・・と、後ろから車がやっと走ってくるくらいだ。

ぷらぷらぷ~~~ら。
陣屋跡

由比本陣公園・・東海道広重美術館や、御幸亭などがあり、
とても綺麗に整備されている。
この少し離れたところに、紀州七里飛脚役所もあったらしい。
茶室

この本陣はぐるーーっと塀に沿って、堀に囲まれていて、
そこで馬の体を洗ったり、水を飲ませることができたそうだ。
水は今も綺麗で 澄んで流れていた。
旅人なども 足を洗うことができたのだろうか。
茶室庭

のどかである。
まず、車が通らない。
そして、人柄がよい。
のんびりと てくてく歩くには最高である。
茶室

ハイキングの団体にいくつか会う。
その人たちは サッタ峠を越えて 清水で一泊する予定だそうだ。
なかなか 先は遠い。
サッタ峠の端っこの辺を ちょろっと友人と歩いてみた。

なかなか急な峠である。
うへ・・・
こんなところを 走って登っていくなんて・・・
ありえないわ・・・
早々に、Uターン。。

鞠子の宿まで、何キロあったんだろ・・・。
とてもじゃないが、現代人には無理っぽい。
昔の人は丈夫だったんだなああ。

半纏
↑これが実際に着用されていた紀州飛脚の半纏
寺島進さんに とても似合いそうな半纏である。

県内では《沼津》《由比》《丸子》《金谷》《見付》《新居》に設けられ、
この役所を「お七里役所」と呼び5人1組の飛脚を配置した。
これには健脚にして剣道、弁舌に優れた仲間が選ばれ、
昇り竜、下り竜の模様の伊達半纏を着て
《七里飛脚》の看板を持ち腰に刀、十手を差し
御三家の威光を示しながら往来した。

普通便は毎月3日、江戸は5の日、
和歌山は10の日と出発し道中8日を要し、
特急便は4日足らずで到着した。

七里飛脚跡地
↑七里飛脚役所跡地 その前が桜海老どんぶりのお店

桜海老丼
桜海老どんぶり・・・これがまた美味しいのだ。
これで1000円消費税なし。
バラでさくっとあがった桜海老がたくさんはいっていて
スプーンですくって食べるのだ。

子連れ狼 13話。  2003年 テレビ朝日
http://terajimasusumusan.blog37.fc2.com/blog-entry-664.html



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