偲ぶ想いと・・・新たなる出発と想い出を。

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ひとりごと・・

ちわわん

Author:ちわわん
知り合った多くの友人たちに。
感謝をこめて。

↑写真はぷりんちゃん15歳6ヶ月と20日(2015年6月20日没)と
3年前に5月7日に17歳で亡くなったその母ムーバです。

静岡市在住の。
ご近所の犬ともだちさんへ。
ありがとうの言葉を添えて☆

長い犬人生と映画など色々。
20年程前のホームページも合体しました。
これからもよろしくお願いいたします。


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『友よ静かに死ね』 1976年 その2
『友よ静かに死ね』 1976年 その2


わんこ
この映画にも。

たぶん
たぶんご自分のワンちゃんだと思うのだが。。

わん
良く慣れていてとても可愛い!

ジャンプ
郵便物を取りに行くシーンなどでも

わん
ずうっと手紙にじゃれついて

ジャンプ
ジャンプ!ジャンプ!

わんこ
遊んで遊んでっと。

よく
一緒に歩いてねだる姿が

芸
とっても可愛い!

息子
息子さんが生まれた時にもシェパードが。。

丁度
丁度この頃の映画の雑誌なんかに
沢山の愛犬たちと別荘で映っている写真が載っていた。
多分この時に映っているワンちゃんが下の子ではないかと。。

わんこ
おりこうなワンコで

あんこ
アラン・ドロンを追いかけたり

わんこ
昔風パンツを履いたアラン・ドロンと

わんこ
水辺で楽しく戯れる。

きゃは
ご自分の会社で製作された映画だったから

わんこ
犬との一緒の映像がとても多い。

わんこ
本当に楽しそう。。

わんこ
まったくなりふりを構っていないようだ。

わんこ
注がれる笑い顔は子供のように。

むひ
ブルブルッと振るうワンコの水しぶき。

わんこ
この顔。

わんこ
ちゅっ!

自転車にも
自転車で走ってもずっとついてきます。

どこまでも
どこまでも。。

自宅
ご自分の別荘で撮影したのかもしれないなぁ。。。
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『友よ静かに死ね』 1976年
『友よ静かに死ね』 1976年 その1

ともよ

原題は『Le Gang』で そのままずばり、ギャングと言う意味だ。

アラン・ドロン

最初にこの映画を観た時には
一瞬ぎょっとするのではないかしら・・・

アラン・ドロン

だって。
あのアラン・ドロンがくるっくるのカーリーヘアーで現れて・・・

アラン・ドロン

見ると唖然としてしまうのでは。

スタイル

まぁ・・みごとに似合ってはいませんが。。。

アラン・ドロン

見慣れてくると。まぁ・・まぁ・・それはそれなりには見えてはくるかと。。(笑)

アラン・ドロン

何故こんな風にして出演したのでしょうかしら?・・と。
ちょっと首をかしげたくなってはしまうのですが。

アラン・ドロン

見ているうちには・・ははぁ~んと。
なんとなくそれも納得出来てしまうような気もするのです。

シトロエン

それまでには取り澄ましたような殺し屋であったり
暗黒街に孤独に生きる男であったりと
さんざん演じてきた後で
ちょっとした箸休めみたいなつもりでは無かったろうけども
ちょっぴりと
古き時代を懐かしんで想わせるような
ノスタルジックな香りのいっぱいする作品なのだ。

シトロエン

まずは冒頭から流れてくる音楽からしてが
そういった意味合いを芬々と匂わせているような気もするなぁ・・。

シトロエン

まるで無声映画の時の名残りの
チャップリンでも思い出してしまいそうなメロディで
一瞬これは昔の映画に対する
オマージュなのかしらんと勘違いしてしまいそうにもなる。

シトロエン

そして何よりも
アラン・ドロン自身が 
映画を作ることをとても楽しんでいるように見える作品ででもある。

男たち

一瞬コメディ映画なのかしらんっと。勘違いしてしまいそうなほど
おどけているような演技で
無計画で明るすぎるギャングの男達を描いている。
その男達には皆明日という日は定まってはいない。

戦後

戦後のどさくさの困惑した時代を
ばたばたと生きているギャングたちのお話なのだ。

わけまえ

ここに出てくるギャング達は実在の人たちで
シトロエンギャングと呼ばれていた人たちなのだとか。
そのギャング達を追いかけていたという刑事さんが
この映画の原作や『フリックストーリー』などを書いていて
この原作はアラン・ドロンに捧げられている。

花

私などは観ていると心躍るような
なんとも楽しい作品なのだけれど・・
きっとこのまんま。
観たまんまを受け止める若い人たちには
もたもたともたついたような作品に観えるかもしれない。

汽車

全編に漂う古き良き時代への郷愁と
それらを懐かしみ慕っているかのような恋情の感じられる作品。

洗礼式

あの時代は良かったなぁ~とか
あんな時代がまたやってこないかしらん・・っと。
待ち望んで想い出しているかのような作品になっていて
それまでのアラン・ドロンの作品を観続けてきたような年代には
そこはかとない哀愁が感じられる作品。

女性

それはきっとアラン・ドロンその人の。
作り手の気持ちそのものが入れ込まれていて
今風な時代に少しつつ取り残されつつあった彼の
ジレンマと反骨精神のようなものが表現されているような作品。

女性

自分だけは今風な今時の映画などではなく
かって自分を愛してくれた多くの監督さんたちや作家達の
その意志と心を受け継いで生きていくんだぞ!ってなね。

ロベール

そんな主張が感じられるような作品だった。

あう

そろそろこの頃からだろうか。
少しつつ・・
もうやるべきことは全てやりつくしたと言って
引退した59歳までの期間にわたって
映画に対しての迷いの現れてきている時代だ。

アラン・ドロン

だからアラン・ドロン本人が儲けを度外して
とても楽しんで演じている作品となっている。

ロベール

もう最初の出だしからクールな2枚目なんかではなく
その先の運命はわかりきっているような破滅が待っているし
見切ってしまっているような先の見えない男の
そんな生き様の物語である。

あっけないほどに儚くて
あっけないほどに哀しい男。

パッと咲いて散ってゆく水の泡のような人生の男だ。

13歳

不幸な生い立ちで13歳の時に孤児院を飛び出してきて

ボス

ギャングの大親分である養父と養母の家に逃げ込んできて
そのままに居つく。

頭
(大ボスである養父は彼の頭をいつも撫でてくれた・・)

養父
(彼も家に帰ってくると必ず手を添えて・・)

挨拶
(ほほを寄せ・・言葉無くても・・)

椅子
(椅子を引き寄せ・・傍に座ると・・)

手を
(手を慰めるかのように撫でてあげる・・)

そっと
(心で話しかけている愛情が見える・・)

養母
(その様子を胸あつくして眺めている養母)

いつでもニコニコと明るく生きてきた主人公ロベール。

どんな時でも笑い顔を絶やさない。

死

撃たれてしまい。

死

もう死が間近だというのに

みんな

俺は大丈夫だよっと言って看病する皆たちを慰める。

そんな明日への希望をもたない刹那的な生き方をする男たちの物話だ。

仲間

またこの映画では
とても人情味というものにも重きを置かれていたようだ。

仲間

人と人との繋がりあい・・
まったくの他人同士でありながらも
男同士は親兄弟よりも結束が固く決して相手を裏切らない。
友人をあくまでも思いやり労わりあい大切にして
その仲間のためになら命をも惜しまないのだ。

ロベール少年

そして全く他人でありながら
自分を引き取って面倒をみてくれた親代わりの二人に対しては
深いいたわりと従順な姿勢を見せているロベール。

養父

かっての大ボスもギャング同士の闘争の果てに
4階から放り出されて半身不随となり言葉も喋れなくなってしまっているのだ。

養父

そんな養父を手のひらでいたわるロベールの姿。
手のひらで安心させてやるかのような優しい仕草に
ちょっとぐっときてしまった。

養父

また喋れず動けないながらもじーーーっと
ロベールを心配して見続ける養父の姿にも。

ふたり

また何も言わずに見守り続ける養母の愛情にも。。

ふたり

今やそういった関係をうとましくも思うような希薄な世代に対しての
人と人との絆の大切さをも説いて描かれている作品。

女性

人情が通用しなくなったことを痛感してもいたのだろう。

情景

描かれている時代の情景も美しい。

景色

過ぎ去った良き時代へのエレジーででもあるかのように
あまりにも明るくあっけなく
そして切なく・・
あっけらかんとして散ってゆく潔さを示している。

死

そういえば・・
こういった作品は昔にもあったな。
『ボニーとクライド』『明日に向かって撃て』
なんていう映画を観た後の気持ちとも感想は似ている。

その2につづく。。

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『フランス式十戒』 1962年 その2
『フランス式十戒』 1962年 その2


★3話:汝殺すなかれ
 
こちらはあのシャンソンのシャルル・アズナブールとリノ・ヴァンチェラのお話。

私達の学生時代にはまあ必ずと言っていいほど
一枚は彼のLPを持っていたものだった。
アダモと一緒に口ずさんだ歌は多いし今でも歌えるのだ(笑)。

★・・・・・★

★4話:我は汝の主なり。我を唯一の神として礼拝すべし

自称神様だと言う男が現れて奇跡を起こしてゆくのだが。
なんと。本当は。。。(笑)

これも痛烈な皮肉が篭められている作品でとても面白かった。

こちらも信じるものは救われると言ったようなもの。

この人は絶対に神様なのだ!
と・・信じる気持ちを持って見たのならば・・
どんな人であってもちゃあんと神様に見えてしまうのだ。と言うお話。

★・・・・・★

★5話:汝父母を敬うべし。汝偽証するなかれ

nodoka
のどかな海の傍でレストランと下宿を営む夫婦の

家
一人息子のピエールは20歳と半年になったばかりの医学生。

母
働きものの母親は

やさしい
優しい息子に文句ばかりをまくしたてるのだが。

こごと
毎日毎日聞かされ続けてさすがにうんざり。。

母
このすねかじりが!ってな言い方にさすがに息子は切れた。

父親
父親は物静かな人のようで黙々と仕事をしている。

父
息子はこの父親をとても愛していた。

父親
なんで母親は毎日自分達に
あんなにガミガミ言うのだろうと父親に問うと。

あれは
あれはお前の本当の母親では無いのだと言う。。

ショックを
ショックを受けるピエール。

だれ
じゃあ。自分の本当の母親は誰だと聞くと。

お前の母は名女優のクラリス.アルダンス(ダニエル.ダリュー)なんだと。

あいに
彼はパリまで本当の母親に会いに出かけてゆく。

撮影所
撮影所に来たピエールを。

ぴえーる
自分に会いに来たファンの男の子だと勘違いした母親は。

きがえ
衣装の着替えを手伝わせたり。

あげくに
あげくに。。

ハンサム
美男子な子ね!ってキスをしようと。。

驚く
16歳の時に生んだ我が子だと知ってびっくり!

だけど
だけど・・彼女は父親の名前を覚えてはいなかった。

色々
色々な話をしているうちに。

母
段々と この母親のことがわかってきたピエール。

母性
母性は全く持ち合わせていないタイプの女性だったのだ。

おどろく
そしてもっと驚くことに

母
今の優しい父親は本当の父親ではないのだと言う。。

だれ
その頃はあまりにも大勢の男達と関係していたために
誰が父親かもわからないのだと言う。

koi
せっかく20年ぶりに会いに来た自分との食事の時間よりも。
自分と歳の変わらない男との逢瀬を優先する母親に
嫌気がさして。
去ってゆく。

ie
家では夫婦が息子を心配して

fuufu
あちこち警察に届けをだしたりして探しまわっていた。

sagasi
ストールを羽織って夜の暗い中を探しに行こうとする母親。

pie-ru
そこにピエールが帰ってきた。

titi
父親と顔を見合わせるピエール。

ぴえる
母親は相変わらず小言を並べてはいるのだが。
その顔はもう今にも泣きそうな表情だったのだ。

うれしそう
安堵して喜ぶ父親。

息子
息子も感謝しているのか本当の事は何も言おうとしない。

母
母親は相変わらずの文句をガミガミ言いながらも
息子や夫への愛情は深い。
ただその愛情表現はへたくそな女性だったのだ。

好物
息子の好物ばかりを沢山作って待っていた彼女。
すぐに食べられるようにと温めて直しては待っていたのだ。

一緒に
一緒に食べようよ!と言って
父親と母親も座らせて。食事を取り分けてあげる息子。

感謝
何も言わないながらも。自分の居場所が解っている息子の。

感謝
子供への愛情深い両親への心からの感謝の気持ちに溢れる姿である。

それを悪魔が見ていてぽつり。。

”嘘を呑み込んで万事めでたしめでたしと。
この青年、将来は女を泣かせるぞ!”と。
”若い世代は将来有望だね!”とも語るのだ。(笑)

余談。。この時のアラン・ドロンはもう27歳位?
役柄は20歳と半年の役でした。(笑)

★・・・・・★

★6話:汝盗むなかれ

この次の章ではジャン・クロード・ブリアリが。。

ぶりあり
悪銭身につかずというか。
ちょっとコミカルな役所で出演していて面白かったです。

ただ。何も罪を犯していない無実の男が
めぐりめぐった鞄の中のお金によって罪に貶められてしまうのが辛い。。

天罰は盗んだ本人達に与えてやって欲しいものだなぁ。。

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『フランス式十戒』 1962年 その1
『フランス式十戒』 1962年 その1

神様と悪魔とは紙一重・・・

皮肉めいた語り部の悪魔の笑い声が的を射ていて面白い。

誰もが心の中に持っている”業”と”欲”とを
さらっと描いてみせていて
反省を促しているものでもなく
人間の強欲なんて”こんなものさ”と笑っているような作品。

確かに人間は誰しも欲には弱いもの。
自分の心の奥底にある欲望にはしばしば負けてしまう。
その欲望を満たすためにならと・・
教理も真偽すらも
やすやすと捻じ曲げてしまって正当化させてしまうほどなのだ。

今時であるならば・・
自分の欲望に忠実であることの方を重んじて
誰しも責めたりはしないのかもしれない。

今では神学校に通うような生徒も減ってきて
そんな殊勝なる子供達の姿すらも見かけなくなってしまった。

まだまだ私達の時代には
シスターになる人も多かったというのに
制服のポケットには
小さなロザリオや要理の本を入れている人もいたものだが。

今時はそんな女生徒も居なくなってしまったことだろう。

それが証拠とでも言うべきことが・・
私の母校にはあれだけ大勢居たシスター達が
今では一人も居なくなってしまったのだと言う。。

驚きである。
40人近くもいたシスター達で溢れていた御聖堂(おみどう)も。
鉄筋4階建てのシスター達の宿舎も
今では誰ひとり住む人も居ないのだとか。。

なんとも。。
私達には想像し難い現実の代の到来である。

当たり前のように
廊下をさらさらと大きな長いスカートの裾を翻して歩く
こつこつとした革靴の音が・・。

先の尖ったマリア様のような頭の被り物。
丁度オードリー・ヘップバーンの『尼僧物語』のような服装だった。
けれど頭の先が尖った形のもっと凝った形をしていた。

遠足であっても山に登っても
真夏の臨海学校でのイベントであっても
シスターは真っ黒なこのスタイルでついてきていたのだ。

まあ。今思うと
拷問にも等しいスタイルではなかったかと同情してしまうのだが。

当時はまだ華族家出身のシスター達も多くいらして
そんな余地など与えぬような
毅然とした姿勢正しさで私達を教え導いていた。

三井だか三菱だか忘れたけれど
どこだかの財閥令嬢の出身の方やら・・
どこかの大名家のお姫様だったという方もいらしたしなあ。

そんなことを想い出しつつ観てしまった。

シスター

★1話:汝神の名をみだりに呼ぶなかれ
★7話:汝安息日を聖とすべし

この二つのお話は続いているようなもの。

余りにも邪心がなく無邪気な寺男とその幼馴染の神父さまが
久しぶりに再会して旧交を温めあうお話。

そこに居並ぶいかめしいシスター達と
付け入る隙がないかと聞き耳を立てている悪魔とのお話。

★・・・・・★

★2話:汝人の持ち物を欲するなかれ。
  汝姦淫するなかれ。汝結婚のほか肉の行いを求むるなかれ

こちらもちょっとばかり面白かったのでご紹介を。

大富豪
大富豪のフィリップはメル・ファーラーが演じている。

メル・ファーラーはオードリー・ヘップバーンの旦那様。
貴公子風な風貌で『緑の館』『戦争と平和』などを共演していた。
とても懐かしいなあ。。

そういえば。アラン・ドロンが。
オードリー・ヘップバーンが亡くなられた時にも
スイスで行われた葬儀に参列されていたのだと報道されていたが
きっとこの頃からの交流があったものなのだろう。

妻
フィリップの妻ミシュリーヌはフランソワの友人だった。

大金持ち
その夫フィリップとの仲はもう冷え切ってはいたのだが

とても高価なネックレスを買いに高級宝石店に行った時に。
一緒についていったフランソワだったが。。

ネックレス
そのまばゆいばかりの宝石を羨ましそうに眺めていると。

firippu
それをそっと見ていた女たらしの大富豪のフィリップは

hosigatte
フランソワが欲しがっていた○千万円だかのネックレスを彼女にプレゼントして気を引く。

ダイヤモンド
ダイヤモンドに目がくらみ。

フィリップ
フィリップとベッドを共にしてしまうフランソワ。

daiya
もらったダイヤのネックレスが嬉しくてならない。

だがそれを夫にはどうやって納得させるかと一計を案じて。。

拾った安物の首飾りだと思わせようと画策する。

misyuri-nu
夫は夫で友人のミシュリーヌに気のあるそぶりを見せているし。。

まんまと
一枚も二枚も上手だった友人ミシュリーヌの首元にちゃっかりと。。。

妻が出かけていた間に夫はミシュリーヌにあげてしまっていたのだ。

燦然
燦然と輝くダイヤモンドのネックレスを見て。。。。天罰か。

それを
それを自分の物だと言えない悔しさよ。。

下手な小細工が仇となったというお話なのだ。

女は俺の一番の協力者。
すぐになびくからねええ。。っと。悪魔が嘯くのだ。

★・・・・・★

 その2につづく。。

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『さらば友よ』 1968年 アラン・ドロン 
『さらば友よ』 1968年 アラン・ドロン チャールズ・ブロンソン
 
さらば友よ

私は男ではないので
この映画を観ていると
どうにも色っぽい方に話を持っていきたくなってしまうのだが。。

さらば

この映画を観て男の人たちは皆
間違いなく真の男同士の友情を描いている映画だとは言うのだが。。

さらば

私には、
男の友情と言うよりも
男同士の愛情のように思えてならない。
友情と言うにしては
戦地時代に友情を養ったわけでもなく仲が良かったわけでもない。

さらば

今度また職業軍人としてコンゴにある戦地に赴きたい
チャールズ・ブロンソン演じるフランツ・ブロップには
是非とも軍医が一人必要だったということのみで
アラン・ドロン演じるバラン軍医を見初めてしつこく付き纏うのだ。

さらば

それはもう。ちょっとしたストーカーのように。

軍医

バラン軍医の方は 
もう迷惑顔で あきらかに避けまくるのだが。。

ふたり

もうそんなことにはお構いなしで
ブロップは押して押して押し捲るのだ。。

ふたり

この女性を軟派するがごとくに迫る姿が
アラン・ドロンとチャールズ・ブロンソンの容貌の対比もあってか
絶妙なバランスを保っていて
チャールズ・ブロンソンがとても男臭く男らしく映って見えるのだ。

バラン

そのおかげでもあってか
下積みが多かったチャールズ・ブロンソンは人気が沸騰して
この後は売れっ子スターとなってゆくのです。

ふたり

それまでにはその容貌からの所以で
アパッチインディアンの格好をしていたり
メキシコ人系の役所が多かった人だったし

ふたり

一番最初に観たのは『大脱走』1963年の映画で
ただ一人無事に逃げおおせた人の役柄だったかと。
間違っていたら申し訳ない。。記憶がもう曖昧で。。(笑)

ふたり

なにせ・・古い映画のこと・・
ひたすら穴を掘りまくり・・ちょっとした穴恐怖症になったかと。
それを克服しつつ
スプーン一本で腹ばいのまま穴を掘りまくる姿が印象的だった。

ふたり

この頃にはスティーブ・マックイーンのファンだったので
ただただオートバイに跨ったマックイーン観たさの映画だったのだが。。

ふたり

この時確か『0011ナポレオンソロ』のイリア・クリアキン役の
デビッド・マッカラムと共演していて
一緒に逃げるのだが、確かマッカラムは殺されてしまったかと。。

ブロンソン

この時からの交流があり大親友だったお二人さん。
家もお隣同士に住んでいたのだとか。。

ブロンソン

だけれど。。
いつの間にやら子供も4人もいるマッカラムの奥さんと不倫の関係となり
子供4人を連れてのジル・アイランドさんとの結婚のニュースが賑わったことも。

ふたり

なんて芸能ニュースと一緒に。

ガレージ

この映画にチャールズ・ブロンソンが起用されたワケというのも伝わってきた。

人形

なんとアラン・ドロンその人がたっての希望をされたのだったとか。
理由は確か
アラン・ドロンも俳優になっていなければ
絵を自分で描くのは下手くそなのだが
絵描きになりたかったんだと応えていて 
たいそうな絵のコレクションを持っていると語っていたが。
それこそ銃のコレクションでも知られているのだが。

人形

その中に
やっぱり絵描き希望だったチャールズ・ブロンソンの無名時代の絵があって
それを気に入ったアラン・ドロンがオファーしたんだとか。
ちょっぴり素敵な裏話。。

アラン・ドロン

まあ。ついつい話がそれて。。

さて。この映画の中で語られている思い出話として
死んだモーゼルという同僚の軍医の話が出てくる。
かっての兄弟よりもそれ以上に大切な存在だったという・・
医者の試験も一緒に受けて いつでも一緒に居たんだとか。。
まあ。幼馴染で戦地まで一緒というのも珍しいのだが。
他の人に言わせるとクズ男だったようだ。

その親友モーゼルを自分が誤射してしまって殺してしまったのだと。。

その自責の念の為に自暴自棄となり
生きる目的も意欲も失ってしまっていて
もう自分はモザールの替え玉であり幻影でもあるのだと・・
それで今回の仕事も引き受けたのだと語るバラン軍医。。

バラン

深く傷ついて語るバラン軍医の姿には
まるで恋人を亡くしてしまったかのような空気が漂う。。

そのモーゼルとのからみで金庫破りをすることを引き受けたのだ。

そんなに素晴らしい奴だったのか?とブロップは尋ねる。

なんだかんだとイザコザがあり
一緒に金庫室に閉じ込められてしまう二人。

ふたり

奇妙な友情が芽生えて一緒に脱出を果たしたあと
コーヒーショップで見せるアラン・ドロンの目つきが気になる。

ふたり

なんとも色っぽい目つきなのだ。

め

この人だからこその出来うる目つきである。

なんとも訴えかけてくる目つき。

みつめる

こんな目で見られたら
出来ない約束にもうん。と快諾をしたくなってしまうことだろう。
否やを言わせない力のある目つき。
そうっとすくいあげるように見上げてくる目つきがたまらない。

死を

最後のシーンでもそうだ。

マッチ

マッチを一本さらっと点けて
チャールズ・ブロンソンに差し出す動作。

さらっと

その手をそっと両手で包み込んで火を点けるブロンソン。

火

手の中に包み込みながら・・
お互いに目を見合わせずに会話する。
手と手の感覚のみの会話と空気感。

手

アラン・ドロンの目が。。たまらない。。

め

イエェーイ!

ふたり

まるで愛しているよ!
僕もだよ!って
言わずもがなの阿吽の呼吸で
応えあっているかのようでもある。

まっち

きっと、こんなことを書くと異論を唱える方は多かろう。

てもと

でも、私にはそんな解釈の方がどうにもしっくりとくるのだ。

いえい

バラン軍医のそれまでの女性に対しての態度にも疑問が多かった。

バラン

女性に対してはたとえ一度寝た相手であろうとも
2週間も一緒に暮らしていたイザベルに対してでも
非常にクールで衝動的。冷たいのだ。
感情の盛り上がりと言うものにも欠けているし
セックスによって情に流されているという所が見られない。

バラン医師

だがブロップに対してだけは
性的なものとは別の愛情の深さによってだけ
突き動かされてゆくところが見えるような気がする。

バラン

そこが私にはバラン軍医の中にある
”愛”というものに対しての
価値観の違いの表れでもあったかのように思えたのだ。

いざベルト

彼にとっては生理的な愛情よりも
精神的な愛情の方が価値観が大きかったのではないだろうか。

いざべる

女性と寝てはいても
それは一つの性衝動の中の一部分であって
本来捧げられるべきの
真摯な愛情の拠り所とは違っていたのではないだろうか。

いざべる

そんな風に。
今回は映画を観終わってから思ってしまった。

またもう一つ気になったことがある。。。

かべ

それはよくパンフレットなんかに
この映画に出てくる女性達がレズだったと書かれているのだが。
果たしてそうだったのであろうかしらん。

いざべつ

私はこれには異論を唱えたい。

わーてるろー

だって。
ワーテルローとあだ名された娘は母親を知らずに育ち
その父親たる人は再婚もせずに
大会社の役員を務めながら金には不自由をさせずに育てているが。
イザベルとは愛人関係にでもあるようだし。
そしてそのイザベルに母性を求めて娘はすがりついている。
母性愛に飢えていたからこそ慕っていたのかもしれない。

むすめ

けれども、もしレズの関係であったとしたのなら
バラン軍医との肉体関係を持ったあとに
あなたともっと早くに会いたかったわ・・と。
そして自分はなんでもするから一緒に逃げてくれとも願うだろうか。

顔

だが。それをもバラン軍医は冷たく突き放してしまう。
一片の愛情の片鱗すらも見せずに・・
一夜を共にした後の残り香も冷めぬままなのに。。だ。

うたれる

彼女は男性経験も少なかった環境で得た最高の理解者であったイザベルを。
母親のような存在でを含めて甘えて慕っていただけではなかったろうか。
父親の次に何もかも曝け出して甘えられる存在として。

じゅう

父親の愛人と娘が仲良くなるということはあり得ることだと思う。
それがもし、レズだったのだとしたら・・
父親との関係が不可解なことになってしまうのではなかろうか。

それよりも私には。
このバラン軍医とブロップとの
二人の方の心の動きの方が興味深々である。

アラン・ドロン

この映画を最初に観たのは日比谷のスカラ座?か?

家の複雑な事情によって。
夏休みや冬休み春休みの期間中。
長い連休などにも
休みが始まる度に東京の祖母の家に帰っていた私。
兄貴の同級生達と一緒に行った想い出深い映画であった。

観終わった後には
喫茶店に行って皆でわいわいと議論したこともあったなぁ。

私の兄貴もその友人達も皆アラン・ドロンファンだった時代。。
この頃の男の子達には絶大なる人気と影響力があって
タバコの吸い方からコップの持ち方まで
果ては男性用化粧品から洋服の着こなしにいたるまで
皆がこぞってアラン・ドロンの真似をした時代だった。

コイン

この日も。さっそくにグラスに水を満たして
その中に100円玉を入れっこしてみたのだった。

やいのやいのと順番にやってはみるのだが
これがなかなかに難しいんだということを実証した日でもあった。

そんな時代の良き想い出の映画だ。

この作品はレンタルショップにも沢山並んでいて
100円位で簡単に観る事が可能です。

一度観られてみてはいかがですか?お勧めです。

テーマ:心に残る映画 - ジャンル:映画



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