偲ぶ想いと・・・新たなる出発と想い出を。

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ひとりごと・・

ちわわん

Author:ちわわん
知り合った多くの友人たちに。
感謝をこめて。

↑写真はぷりんちゃん15歳6ヶ月と20日(2015年6月20日没)と
3年前に5月7日に17歳で亡くなったその母ムーバです。

静岡市在住の。
ご近所の犬ともだちさんへ。
ありがとうの言葉を添えて☆

長い犬人生と映画など色々。
20年程前のホームページも合体しました。
これからもよろしくお願いいたします。


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『山猫』 ヴィスコンティ。その5
アラン・ドロン
公爵の娘と居るところに・・・

クラウディア・カルディナーレ
クラウディア・カルディナーレの登場!

アラン・ドロン
その圧倒的な美しさにタンクレディは恋をする。

アラン・ドロン

道具類に関しては、
ジョゼッペ・トマージ・ディ・ランペドゥーザの養子であり、
この小説の著作権の相続者である。
パルマ公爵ジョアキーノ・ランツァ・ディ・マッツァリーノ家の
貴重な援助を受けた。

食事

事実、この撮影に使われた、
家具、寝台、照明器具、絨毯、
晩餐会や舞踏会で使われた皿や食器類、コップ類の殆どが
マッツァリーノ家の有名なコレクションの中から提供されていたもので。

食事

ジョアキーノ・ランツァ・ディ・マッツァリーノは
道具方の貴重な協力者であった。

食事

事情に精通していた彼は、
失われたシチリアの再現において理想的な案内人であった。

食事
撮影は全てシチリアのキージ邸で再現された。
マッツァリーノ家からの借用品以外に
エルコラーニ公爵夫人所有の貴重な壁掛けや絵や家具が
ヴィスコンティのために親切にも提供された。

食事
給仕たちは、
地方の同業組合から派遣された熟練した本職であった。
しかし、
上流階級の家庭から借り受けた
本物のお仕着せは寸法が全て異常に小さく、着せるのに大変だったそうだ。

しょくじ
食卓には、
有名コレクションに由来する
貴重な陶器や食器で飾られており、
俳優さんたちの強い責任感のおかげで
損害は最小限にとどまった。

食事

テーブルの傍を通るときに
どうしても触れてしまう婦人たちの
大きなスカートの犠牲になったのは
数個のコップだけですんだようだ。

食事

晩餐会と舞踏会のビュッフェの料理は専門のコックが作り、
原作にある通りの料理やお菓子などが並べられた。

食事

ヴィスコンティは
彼が予期していた通り
この時代の舞踏会を蘇らせることに成功した。

食事

「客たち」は物事を心から理解して、
この舞踏会があたかも本物のように振舞った。

俳優も素人も自分の役に同化して
撮影が終わった後も映画の中でと同じようなグループをつくり
朝の4時に食事をするほどにまでなった。

食事

本物の祭りの時と同じように、
友情や敵意が生まれ、
議論やゴシップが飛び交い、
祖先たちと同じように、
気の荒いシチリア人の若者や貴族たちが、
北からきた美しい女優たちにのぼせあがってしまうという
場面にまで発展した。

カルディナーレ
ヴィスコンティはクラウディア・カルディナーレを
獣的なものを含んでいる美しさと評している。

アラン・ドロン

衣装も下着に至るまで正確に当時のものを製法から素材にいたるまで
できるだけ再現させている。
カーテンひとつにもそれはこだわって
最高級の素材で再現させて作らせている。

アラン・ドロン

ヴィスコンティ遺稿につづく。
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『山猫』 ヴィスコンティ。その4
アラン・ドロン

36日間の撮影期間を費やした
舞踏会の見せ場に登場する100人以上の人物を決めるためには
数回にわたる選択が行われた。

クラウディア・カルディナーレ

ヴィスコンティは、
舞踏会の招待客たちはできる限り多くの本物の貴族たち

舞踏会

いうなればランペドゥーザの原作に現れる
直径の子孫たちによって演じられることを願った。

舞踏会

シチリアの貴族たちは、
はじめは疑いの目で見ていたが

舞踏会

結局のところ、
この新しい遊びに喜んで協力するようになり、

舞踏会

時には自分たちの血筋から見ても
この映画に愛着すら抱くようになった。

舞踏会

『山猫』の舞踏会に出て
互いの認識を深めることさえあった。

舞踏会

両方に一致することが沢山あったのである。

舞踏会

貴族たちは最も意欲的で有能な俳優の一団であった。

舞踏会

もちろん、避けがたい欠陥もあtった。

舞踏会

予想したとおり、

舞踏会

ある人は疲れから気を失い、
他の人にその役を譲らねばならなかった。

舞踏会

助監督たちは、
このような状態の中で起こる
さまざまの避けがたい不便を解決するために、
自分たちの触覚を張り巡らして置かねばならなかった。

舞踏会

出演者たちは、たとえば、出演の条件として、

舞踏会

この新しい冒険に、
自分たちの友人や女友達を同伴することを要求し、
条件が許す限りそれに従わねばならなかった。

アラン・ドロン

各人が自分の服や髪型に一家言を持ち、
特に女性たちは最高に着飾りたがった。

アラン・ドロン

舞踏会の周りには
このような期待感がみなぎり、
この熱気は、
職業俳優や壁際にただ経っている役にまで及び、
予期せぬ効果をもたらした。

舞踏会

一口にいって、
舞踏会の出演者の3分の1以上には、
貴族の血が流れていたのである。
残りは色々な役をこなすことの出来る職業俳優が演じた。

舞踏会

パレルモの上流階級の出演者の中には、
出演に夢中になり撮影ができるだけ長く続くようにと
望んだ人たちも沢山居た。

舞踏会

例えばリッチの記憶によれば、
パリッツオ大佐は歳とった上品な人物であったが、

当事の征服が見事に似合い、
彼もまた無常の喜びのまま
サロンからサロンに徘徊して廻るのであった。

彼がこれまで生きてきたのとは
殆ど同じ空気を胸いっぱいに吸い込みながら・・・。

舞踏会

撮影は8月の暑い最中。
人工の光源は使いたくないという監督の意向で、
自然光と。蝋燭の光だけで撮影されていたため とても暑かったようだ。

大佐

その為に
撮影は夜8時から朝4時にかけておこなわれた。

しかし、登場人物に衣装をつけたり髪を結ったりする
衣装係やメーキャップ係りの仕事は午後から始まった。
午後にはまた、
ワルツやマズルカ、ギャロップなどのダンスのレッスンがあった。

大佐

部屋は時に応じて冷房されるが、
撮影中はリフレクターのせいで温度は上昇し、
蝋燭は溶けださないために
特別に内部を補強し、
ステアリンを混ぜて作られていたが。
順番に一つ一つ点火するだけで1時間以上かかった。

舞踏会

そのため端役の俳優さんたちは
少しでも涼しい部屋を見つけてできるだけ長く
そこで涼んでとどまろうとして
一方その部屋を次の撮影の準備のために使う必要があるので
彼らを動かすことが助監督たちの手のかかる余分な仕事の一つとなった。

主要な俳優たちだけが、屋敷内に楽屋を持っていた。

大佐

衣装係の人達は毎日36日間にわたって
250人以上の紳士、淑女、給仕、軍人、楽師、僧侶たちの服を
一個連隊のメーキャップ係り、美容師、仕立師の助けをかりて行った。

舞踏会

またひとたび
衣装を着せられて髪を結い上げられた俳優やエキストラは
赤道直下の酷暑と戦わなければならなかった。

髪はたちまち乱れ、息は詰まった。
撮影の休み時間に
もろ肌脱ぎになった俳優たいのために、
また仕事を最初からやり直さねばならなかった。

その5に、つづく。

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『山猫』 ヴィスコンティ。その3
わんこ
(↑真ん中に大きな真っ黒な犬が居るんだけれど・・・)

あくび
(大きなあくびをしています。)

☆カメラマンさんに、一番撮りにくかった俳優は?という質問に。

犬
(↑アラン・ドロンと戯れるグレートデン)

可愛い
(↑犬好きには堪らないシーンなのだが)

可愛い
(↑なんとも嬉しそうに・・・)

アラン・ドロン
(アラン・ドロンは実生活でも黒色と白黒のグレートデンなど)

多いとき
(多いときには13匹もの犬を飼っていたという)
(グレートデン7匹雑種5匹・・犬は自分を裏切らないから・・って。)

アラン・ドロン
(この時から グレートデンの魅力にはまったのかしら??)

アラン・ドロン
(まるで演技とは思えない位になついている。。)

アラン・ドロン
(この頃なのだろうか・・)

アラン・ドロン
(それとももっと前なのだろうか・・)

アラン・ドロン
(ヴィスコンティに小間使いつきの別荘をプレゼントされたというのは。。)

ひょっと
(ひょっとして。。このわんちゃんはアラン・ドロンの飼い犬だったりして。。)

いかにも
(いつでも。。アラン・ドロンにくっついてまわっている。。)

階段
(階段でも存在感が大きいなぁ)

ゴージャス犬
(デン!とくつろいでいるし・・・洒落のつもり・・・)

☆撮影カメラマン曰く・・・
一番難しかったのはペンディゴですよ。
あの黒い犬。
あいつの黒くて長い毛は
そこら中を汚しまわるし。
まったくペストみたいな奴でした。

女優達の長いスカートにいわれのない敵意を持っていて
突然踊りかかるのを防ぐために
いつも見張り役を置かねばならなかった。

あいつを監督の思惑通りに動かすのは至難の技で
なにかの演技をさせるために
うまくごまかす方法が見つかるまで待たねばなりませんでした。

・・・と述べている。。

その4に、つづく。。

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『山猫』 ヴィスコンティ。 その2
ピクニック
まるでルノワールの絵のように

ピクニック
のんびりとピクニックを楽しむ公爵家の人々。

のんびり
だが・・実際には
もう直ぐ足元で戦いが行われており

ピクニック
人々が戦いで死んだり
銃殺をされたりと悲しみに満ち溢れているのだ。

ピクニック
それなのに・・
この優雅さはなんとしたことだろう。

ピクニック

長い歴史の中で積み重ねられてきた歴史の鎧の中で
ぬくぬくと安全を保ってきた貴族たちの
危機感の無さが見て取れるシーンだ。

☆・・・ヴィスコンティ曰く・・

ルノワールは私に大変な影響を及ぼした。
我々は常に誰かから学ぶもので
なにひとつ自分で考え出すわけではない。

あるいは自分で考え出すことがあるかもしれないが
特にはじめての作品に取り組むときは
常に恐ろしいほど影響を受けるものだ。

印象派の画家ピエール=オーギュスト・ルノワールの次男のことで
ジャン・ルノワール映画監督にココ・シャネルが紹介した。

戦い
戦いのシーン。

戦い

ローマからやってきたスペシャリストの指導のもとに
沢山の撮影現場が作られた。

技術者が作業員が熱に浮かされたように、
パレルモの広場や道に手を加えている間、
製作スタッフは
ローマからやってきた100人以上の人間や、
それに劣らず重要な馬の宿の手配をする一方、
市当局には
さまざまな許可願い、
組合とは現場労働者の労働条件交渉、
そしてパレルモの旧華族たちとは
彼らから借りる家や家具、
絵や骨董品や本、
また大舞踏会のシーンに参加する人々との条件交渉、
などに忙殺されていた。

1962年5月にパレルモを雪崩のように襲った
現象の一部を数字で示してみると。。

ローマからの製作スタッフは200人であった。
それに20人の電気技術者と、150人の建築労働者が加わり、
さらに120人のメーキャップ係り、美容師、衣装係が
大舞踏会だけのために雇われ、
15人の花屋と10人のコックも雇われた。
料理も当事のものを忠実に再現して作って出している。
食器も全て本物を使っていて
とても神経を使って撮影されたのだが
大きなスカートの犠牲になった食器もあったそうだ。

パレルモの攻撃シーンには
以下のような人間が必要であった。

◎バリケード1
俳優3人、市民60人、ガリバルディ軍25人。

◎バリケード2
俳優3人、馬に乗ったブルボン軍20人、
徒歩のブルボン軍60人、
ガリバルディ軍に協力するシチリアの青年60人、
ガリバルディ軍100人、歩兵4人。

◎バリケード3
俳優2人、脇役12人、
徒歩のブルボン軍60人、
騎兵のブルボン軍34人
ガリバルディに協力する青年110人、
市民120人、金持ちの市民30人、
ガリバルディ軍250人、歩兵6人。

ガンジ邸を現場にして撮られた大舞踏会では、
20人の俳優の他に、次のようなエキストラが雇われた。

女120人、男230人。
その内訳は、
ビエモンテ政府将校に扮するもの42人、
給仕と執事役16人、
楽団9人、召使10人、馬丁6人、御者6人、馬つきの馬車6台。

この他にも映画には出てこない120人のメーキャップと
25人の花屋とコック。

こんなことが毎日続くのである。。ひょえぇ~~!!

ジュリアーノ・ジェンマ
そしてびっくり・・・

ジェンマ
マカロニウエスタンのジュリアーノ・ジェンマが出演している。右端。

そうかぁ・・同じ頃の活躍だったし。。

アラン・ドロンよりも3歳年下だったもんなぁ・・・

ジェンマ
今現在は彫刻家になってらっしゃるとか。。

家族
この屋敷の改修のためには
本物の建築事務所が必要であり
ローマから建築労働者の一隊が呼ばれた。

実際、室内の棚や床や天井は全部新しく取り替えられ、
建物の正面は全面的に復元され
塀は塗り替えられ、壁も修復された。
全て本物の漆喰を使って行われた。

天井
ローマからパレルモ一帯に住む24名の画家たちがかき集められ
200平方メートルの中央の天井に、
15日という記録で
原作にある通りのフレスコ画を書き上げた。

天井
道の舗装は全部はがされて玉砂利を運んできて敷いたり、
電柱や電線、アンテナ類を全部はずしたり、
薔薇のない季節に他所から運ばせたり
あまりにも原作に忠実な映画つくりとなっている。

その3に、つづく。

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『山猫』ルキーノ・ヴィスコンティ監督 3時間6分 伊・仏合作映画。1963年
『山猫』ルキーノ・ヴィスコンティ監督 3時間6分 伊・仏合作映画。1963年

1860年、
イタリアはガリバルディと呼ばれる男によって
政治的、社会的な混乱に陥れられた。
祖国を、
腐敗せる貴族の支配から解放し、
近代国家に統一することが彼の宿願だった。

山猫

”山猫”の呼称で呼ばれたシチリアの公爵の
彼の生き方とその信条・・・
変わらず残るため、全て物事には変化が必要だ・・・の物語である。

馬車

こうしてみると
昔は本物志向の映画監督さんが多かったんだなあ・・と。
あらためて思ってしまう。

屋敷

元々がマッテーオ・ヴィスコンティ1世の16代目の子孫であり
イタリアの大貴族公爵家の出身である彼が
同じイタリアの貴族の末裔の作家
ジュゼッペ・トマージ・ディ・ランペドゥーサが自分の先祖である
ジューリオ・ファブリーツィオ・トマージ・ディ・ランペドゥーサ公爵を
モデルに書いた長編小説『山猫』を
当時の金額で29億イタリアリラを見積もりだけでかけて撮影した。

城

彼の住んでいた家やら家具調度品やらを全て使って撮影した。
エキストラも彼の関係の本物の貴族の子孫らが大勢出演している。
(なんと350人以上いたエキストラのうちの半数近かったとか。。。)

カーテン
(レースのカーテン一つをとっても、豪奢で凝っている)

金糸
(金糸の織り込まれたレースのカーテン)

29億リラって・・今だと幾らぐらいなんだろうか。。

アラン・ドロン

若かりし頃に観た時には
アラン・ドロンの美貌にばかりに目がいってしまって

ピエール・クレマンティ
(↑右端がピエール・クレマンティ)

そしてまた『昼顔』などに出ていた
ピエール・クレマンティ のファンでもあったので
そちらにばかりにも目が行ってしまっていた。

ピエール・クレマンティ
(↑右ピエール・クレマンティ・・この方は早死にをされていて惜しいなあ。)

だけれども今日改めて観直してみると
はぁ~~~~
それはそれは・・ため息ばかりが出てしまうほど絢爛豪華!

絢爛

真の本物を知っていた監督さんだったからこその作品で
その本物だけの持つ気品と底力と輝き・・
失われつつあるそれらの威光が
絶妙なコントラストを投げかけていて
余計に衰退してゆく儚さと哀しさが増している。

町

これからの新しい時代へと
移り変わろうとしている時代の狭間を生きる
名家の貴族たちのなんら変わらぬ生き様と
これからの時代を担っていこうという
成り上がりのブルジョアたちの目端の利く活力とが
とても良く描かれていて
なおかつ
その来るべき新時代にへと
新たに船出してゆこうとする
これからの若者たちの生き方と処世術などが
とても丁寧に描かれている。

タンクレディ

もう虚栄と名声だけでは生きてはいけないと
早くも察知して
時代の流れの中に身を乗り出してゆく若者タンクレディ

アラン・ドロン
(鏡の使い方が面白く生き生きと前向きな若者は鏡を見ない)

その若者をアラン・ドロンが演じている。

公爵
(鏡の中に甥のタンクレディの姿が生き生きと・・)

そしてその才知と器量を愛して可愛がっている叔父の
サリーナ公爵にバート・ランカスターがとても渋い演技を見せている。

公爵
(老いと衰退を見つめている公爵はよく鏡を見ている)

彼はとても冷静に

涙
(まざと映し出される自分の姿は容赦ない年齢を感じさせる)

時代の移り変わりを眺めている。

涙
(↑この先を憂える涙が・・ひとしずく・・・)
この流れ落ちる涙の意味が・・・この歳になって、はじめて良く理解できた。

鏡というものは残酷ででもある。
もうすこしあまやかに、緩やかに現実を忘れさせてくれると良いのに。。

若返って見える鏡ってあると嬉しいかも・・
白雪姫の継母の気持ちがちょっとばかりわかるかな。。(笑)

そういえば『ベニスに死す』のバッハも
鏡を見て自分を見つめて涙しているようなシーンがあったなあ。。

若くて美しいタージオと自分の老醜とを比較していたのかも。。

トイレ
(↑リアルな映像・・・おまるがいっぱい。しかも中身まではいっている)
時代は着実に移り変わっているのだ。。

この先にやってくるであろう
新しい時代をも沈着に予見して見えているのだが・・

公爵
(歩いて帰る後ろ姿に 諸々が現れている・・)

そんな公爵の日々の生活を通しての
時代に乗り遅れつつあることを感じつつも
その豪華な生活習慣を変えられないでいる
現状維持の微妙な立場の貴族達の姿を描いている。

タンクレディ
(そんな叔父の帰る姿を心配そうに見つめるタンクレディ・・)

まったく明日の見えない不安さに
公爵は自分の時代が終わったことを悟っているのだ。

ドレスローブ
(貴婦人たちのドレスローブの後ろ姿が美しい・・)

今日という日が終わり・・新しい明日がやってくる予兆のようなシーン。

あたらしい
(新時代を確信している野心家の二人・・)

古き良き時代から・・
新しき時代の寵児たちへと・・
道をゆずって去ってゆく。。。哀愁漂う映画である。

その2に・・つづく。

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