偲ぶ想いと・・・新たなる出発と想い出を。

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ひとりごと・・

ちわわん

Author:ちわわん
知り合った多くの友人たちに。
感謝をこめて。

↑写真はぷりんちゃん15歳6ヶ月と20日(2015年6月20日没)と
3年前に5月7日に17歳で亡くなったその母ムーバです。

静岡市在住の。
ご近所の犬ともだちさんへ。
ありがとうの言葉を添えて☆

長い犬人生と映画など色々。
20年程前のホームページも合体しました。
これからもよろしくお願いいたします。


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『トラッシュ』1970年 42年も前の作品。
アンディ・ウォーホル コレクションBOXより。

『トラッシュ』1970年 42年も前の作品。

トラッシュ

まあ、なんとも堂々巡りなお話だ。
新たなる前進も更正もまったく無い。

トラッシュ

以前と全く同じ生活がどっぷりと繰り返されるだけ。
ジャンキー生活とゴミ拾いの生活から抜け出したいと思いつつも
きっぱりとした踏み変えが出来ないでいる二人。

トラッシュ

男と女(オカマさん??)との生活か?
多少アンディ・ウォーホルは男と男との生活では物足りなかったものらしく
もう一歩すさんだ人間の生活感を描きたかったものらしい。
筋立てはもっとも複雑で
何がなんだかわからない様相を呈している所も多い。

なんでこんな風に描いてしまうんだろうか。
昔若い頃に観た『サテリコン』というフェリーニの映画を想いだした。

あの頃には私自身が若すぎていたためか
映画の意図するところが
私の理解をはるかに超えてしまっていたのだったが。。
そして今なんとも似たような感情をこの映画に対しても抱いている。

ジョー・ダレッサンドロ

なんともこの映画も不可思議で意図するところが見え難い。
ただウォーホルが常に強く意識しているものだけは良く解る。

ジョー・ダレッサンドロ

その倒錯したような人間の本質の本音と世界観だ。

ホリー

わざとわかってやっているのだろうが
ジョーと一緒に暮らしている女性は
男の人に女優として女を演じさせているのか
それともオカマさんだという設定なのかは定かではないが
男性が本気で女性を演じている事だけは良く解る。

ホリー

まさに男性が女優となっているのだ。

女優

ウォーホルの映画には
そういった男の女優さんが多数出演している。
前作では胸がまだ小さかったのがこの作品では巨乳に変身していたり。
本物の女優さんにしても多少毛色の変わっている人たちが多いようだ。
後に若くして自殺してしまう女優さんやら
何かしらの内面思考のきわどい人が多く共演してしまうようでもある。

女優

だから男と女であるはずの同棲生活というシンプルなシチュエーションが
はじめから異様な絵面として観ているこちら側に映ってしまうのだ。
同じ頃描かれた映画『ジョンとメリー』のようにはいかない。

時代を象徴しているようなシーンも多く観られる。

ヒッピー

ヒッピーに。ジャンキーに。ヘロイン。
ロン毛の男達にバンダナとジーパン。
女は大きな睫毛をバタバタと虚ろ。
宝塚ばりの濃い化粧をしているし
そしてぽっくりのようなサンダルを履いている。

ヒッピー

よく見知った光景だ。

ヒッピー

嘘だと思うだろうが、
私達の若い頃には当たり前の格好で
こういったお洒落が現実に溢れていた。

ジャンキー

まだまだ訳の解らない混沌とした青春時代。
自分たちのポリシーなんぞも見つからずにいた時代だ。

そんな独特の世界の中で
名をあげてきたアンディ・ウォーホルらしい映画だとも言える。

女性

彼の女性に対する恐怖と畏敬の念も常に含まれて描かれていく。
それは赤ん坊に対する考え方にも現れているような気がする。
常に その赤ん坊を孕んでいる女性にも目が向けられている。
孕むという行為すらに神聖さは描かれていない。
あくまでも肉欲の果てとして描かれているのに。
その産み落とされた子供に対しての目は優しい。

まあ。あんまりお勧めはできない映画なので
かなり自分というものを確立的に持っていないと耐えられない作品。

わんこ

人間は所詮動物なんだわ。。と言いたかったものなのか。
そこに営まれている生活は底辺の底辺。

だが、これもモラルの問題であろうか。

女性

魂の解放をうたって存在したヒッピーだったが
果たして薬やセックスや恍惚と自堕落さによって
それは解放されたのであろうか。
逆に捕らわれることともなっていってしまったのではないだろうか。

ジョー・ダレッサンドロ

自然に溶けこみ自由に暮らしたいことと
持ち崩してゆくこととは同じではないはず。
人は食べてゆかなくてはならない。
働かざるもの食うべからず・・・

ジョー・ダレッサンドロ

魂は自由になれたと思ってはいてもそれは錯覚だったと
全てをぶち壊していまいたかったウォーホル。
だが、しかしかえってそれは迷いの深みにはまってゆくばかりのようだ。

少年

すっきりと明確には振り払うことのできない人間の本質と本能。
そんなものが全てぶつけられているような内容となっている。

キース・ヘリングやセルジュもそうだったのだが
最低の最低、どん底のどん底。
汚物やゴミに対するものへの憧憬。
逆に美化してゆく心の向かいどころと
後戻りしてゆく精神。

まあ、混濁している作品なのでご承知を。

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『フレッシュ』1968年 英 44年も前の作品。
アンディ・ウォーホル コレクションBOXより。

『フレッシュ』1968年 英 44年も前の作品。

この映画、きっともっと若い時に観たのなら
絶対に受け入れられなかったとは思うのだが、

この歳になって観て見ると
摩訶不思議、とっても素直に受け止めることが出来る作品。

アンディ・ウォーホルがどんな気持ちでこの映画を撮ったのかが
ちょっぴりわかるような気もしてくるのだが。。

何故だろう。。

ジョー

それは、
このジョー・ダレッサンドロを眺めている目にあるんだと思う。

ジョー・ダレッサンドロ

この時にはもう、ウォーホルは40歳を過ぎていて
10代の時に会ったと言う
ジョー・ダレッサンドロはぴちぴちの輝ける若者で
羨ましいような整った肉体を持ち
笑い顔は屈託なく
なんにも考えていないような無心な笑顔。

無心

少々育ちの曖昧さの翳りは見えるが
それが暗さへとは繋がってはいないで
かえって生きることへの逞しさとなっている所が凄い。

ジョー・ダレッサンドロ

高慢ちきなプライドや自尊心などはなく
限りなく素直で従順であり
解らないような高邁な話や、高尚な理論にも耳を傾ける。
解らないながらも真剣に理解しようと勤め聞き取るのだ。

赤ちゃんと

男性に対しても女性に対しても常に対等。
文字通り素っ裸でぶつかってゆく。
ホモに対しても レズに対してもオカマさんに対しても関係なし
まったくの偏見の翳りも見せずにごく普通に接してゆく。

赤ちゃんと

みんなお友達状態。

赤ちゃんと

なるほどねぇ・・・
まだまだ同性愛に対しての偏見の色合いの濃かった時代。
まだまだ生命の危険すらも多かった時代なのに。

ウォーホル自信が銃で数箇所撃たれて死に掛けている時代に。

このおおらかなオープンさは何だろう?

赤ちゃんと

あっけらかんとお金の為ならと男達に自分を売る男娼。
それがまったく悲壮感と言うものが無いのだ。
むしろなんとも無邪気で幸せそうにも見えてくる。

ジョー・ダレッサンドロ

ウォーホルが
素直に心のままに表現したかったものは
数億円で取引されるようなアート作品ばかりではなく
こういった自分で自分を解放するような
自分の自然な心のままに・・だったのではないだろうか。

ジョー・ダレッサンドロ

美しいものを見て 美しいと思い。
可愛らしいものを見て 可愛らしいと思う心。
愛するものを愛でてやりたいと思う愛情。
守ってやりたいと思う慈愛。

赤ちゃんと

たとえ世間からは異端と思われようとも
自分の心のままを曝け出し
貫きたいと思った心だったのではないだろうか。

そんなものを感じてしまう映画だった。

ジョー・ダレッサンドロ

少々正視しかねる場面も多いのだが
それが決して醜いと言うものではなく
至極自然ではっとするほど美しい一瞬一瞬を捉えていることに驚く。

赤ちゃんと

もしこれを一枚の写真としたならば
果てしなく美しい写真集となるような。
そんな美しいショットが多く見られる。

ジョー・ダレッサンドロ

話の内容はまるでドキュメンタリー映画かと思えるほどの自然さで。
会話自体もジョー・ダレッサンドロの全てが素であり
まんま地でいったんじゃあないの?っと思えてしまうほど。

ジョー・ダレッサンドロ

この映画には筋書きがあったんだろうか?と。
ちょっと疑問が沸いてくる。

もしこの映画にシナリオと言うものがあって
その通りを演じていたのだとしたら・・
このジョー・ダレッサンドロさん。
どうしてどうして
役者としては大根だと言われ続けていたそうだが
とんでもない!
たいした名演技である。

老画家

そしてこの映画に出てくる彫刻家?画家?なのかしら?
めがねを掛けた老人が出てくるのだが
その彼の語る言葉には
ウォーホルその人が投影されているような気がする。

彼の言いたいことを
この老人の画家の姿を借りて代弁させているような気がする。

オカマさん

世の中の底辺とも言うべき所にうごめくオカマさんやら
男娼やら娼婦やら。傷病兵のゲイやら。レズの娼婦やら。
そういう人たちの生活や会話を通して
ウォーホルが人間の本質と本音を暴いて見せているような作品。

興味のある方は是非どうぞ!

ジョー・ダレッサンドロ

生き方や身体は売ってはいても
掃き溜めに鶴のごとし
ジョー・ダレッサンドロの純粋無垢な心と美貌が胸をうつ作品。

捉えられている一瞬一瞬の笑顔が素晴らしい。

何も持たず、何も望まず、ただただ私の可愛いおバカさん!って
映画の中でも言っているように、彼を写し続けているのも愛情!

私的な要素も多かったんじゃなかろうか。
たまらなく美しく写されているジョー・ダレッサンドロ。

微妙に人の目を捉えて離さない魅力のある作品。
50年近くも前に撮られている作品とは思えない。

やっぱりアンディ・ウォーホルって凄かったんだなぁ~。。

★・・・
芸術家?

前にもモデルをやったと言ったな
平気で裸になるってことは君は自意識が強くないんだな。

彫刻家

普通は服を脱ぐのに抵抗を感じる。
だがここは芸術の世界で日常とは違う。

ジョー・ダレッサンドロ

想像を働かせる世界だ。
ここで偉大とされるのは運動選手だ。

ジョー・ダレッサンドロ

世界一を極めた選手たちさ
誰よりも早く走ったり
誰よりも高く飛んだりしてね。

芸術家と

ギリシャ彫刻にもあるがどれも人間だ。
ミケランジェロによるシスティナ礼拝堂の天井画は
神が天地を創造した時の様子を描いたものだ。

人間も描かれている。
神の姿を彫った彫刻もある。
神のそばに子供が居て葡萄の房を手に持ってる
その表情が素晴らしい。

ジョー・ダレッサンドロ

古代の彫刻は君みたいな男ばかりだった。
たくましい肉体をしてる
彫刻というものがこの世に現れてから
ギリシャ人はそれを表現する言葉を作った。
”シンパシー”や”エンパシー”などがそうだ。
彼は出身地の小さな町を代表し5回も勝利したんだ。
そこにはある程度の金持ちでアテネに妻を持つ者がいて・・
彼は最後の試合の前夜に寺院で彼女とデートをして
彼女に薬を飲まされた。

ジョー・ダレッサンドロ

ミケランジェロは夢中になり
シェークスピアみたいに素晴らしい詩を書いた。
そのうえ とても優れた彫刻家だったんだ。
ミケランジェロのモデルのつもりで頼むよ。

ジョー・ダレッサンドロ
(そんなふうに思ったことなかった。)

プライド

仕事にプライドを持ってくれ 誇りを持て。
じゃあギリシャ彫刻を真似てもらう
円盤投げの選手の格好をしてもらおう
君はそれにぴったりの体型をしている。

レース

もう一つ有名な彫刻の格好をしてもらう
レースのスターティングポジションだ。
その格好で待ちスタートの合図で・・走り出すんだ。

ジョー

筋肉を鍛えるには水泳が一番だ。
私の意見では・・
元五輪水泳選手のジョニー・ワイズミューラーの体が
最高だと思う。

筋肉美?

人間には肉体を崇拝する気持ちがある。
芸術や音楽の背景には肉体信仰が必ずある。
セックスにも恋愛にもね。
もし肉体信仰を捨てたら
そいつは人生の楽しみの多くを捨てることになる。
ロックを認めないと言う連中と同じようにね。

肉体信仰

これが重要なんだが
ロックで金を稼いでいる人たちは
自分の魅力で大衆の興味を引き付けている。
君も人の興味を引いて稼いでいる。
肉体信仰というのは
人間の本能に組み込まれている。
どんなに禁欲的な人でも肉体に興味を持ち
みんな演劇や映画を観にいったりする。
だが そこで得るセックスの快感は偽物だ。
肉体信仰こそセックスにつながる。

老人

たとえば私はバイオリンを弾けないが
どんないいバイオリンも曲を奏でなければ意味がない。

どんな?
(昼飯には何を?)
食べ物をやる。
(どんな?)
食べ物もセックスも肉体と関係してるんだぞ。

老人

肉体信仰の表れだ。
君は見事な肉体をしているが そうではない者もいる。
君は素晴らしいが・・

老人

私の考えを言わせてもらおう。
恋に夢中になってる若い男女は皆同じ問題を抱えてる。
何にも満足することはないし
仲のいい時期に交わした約束は実現しない。
本当にみんな同じなんだよな。
鏡の中の自分に恋をしているのと同じさ。

この時代にぼやぼやしてはいられない。
教育が広範囲になって
職人を育てようとしなくなってきたからな。

・・・これが老芸術家の言葉だ★

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ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ 1975年 フランス
愛してる?

愛してる?

愛してる?

私を少しでも愛してる?

大切なのは体の向きじゃない
体を交わらせて同時に達することだ。
それが愛だよ。
めったに経験出来るもんじゃない。

ジョー・ダレッサンド
(↑ジョー・ダレッサンドロさん)

セルジュ・ゲンスブールは美しさの面で同性愛者に惹かれていた。
彼の目に男性同士の愛は非常に魅力的なものに映っていたに違いないわ・・

バーキン
妻であり主演したジェーン・バーキンが35年後に語っている。(2010年)

バーキン
この方
エルメス社の社長が偶然飛行機でバーキンと隣り合わせた際
バーキンが籐のカゴに無造作に物を詰め込んでいるのを見て
何でも入れられるバッグをバーキンに贈ったものが最初で
”バーキン”というバックが出来たのだ。

バーキンの美しさ
(37年前のジェーン・バーキン。なんて綺麗だったんだろう。)

素晴らしいと思っていたはずよ。
私としてはそれがよくわかってた。
彼は現実より映画の方が簡単だと思ってたの。

以前実際にそういう方へいくのを怖がっていた。

彼は若い男性の肉体を美しいと思ってたわ。
ミケランジェロやダビデの肉体や
矢が刺さってる
聖セバスチャンの肉体もとても美しいと思ってたわ。

映画が公開された時の批評には驚いた。
世間はセルジュが私をゴミ箱に入れたと。。

でも美しさという点で観ると
この映画はまさにセルジュ自身なの。

バーキン

彼は絵画にすごく影響を受けてる。
ウイークラントを撮影に使うことで
より質の高い光を求めたわ。
舞台背景にも抽象的なものを選んだし

ゴミ

ゴミにもイメージを持っていて

ダンプカー

大きなダンプカーもすごく美しかった。

これはポルノ映画ではなく セルジュの真の芸術作品よ。
彼のシャンソンも同じ、30年先を行っていたんだわ。
日本人は理解があるわよ。
映画に対するショックは昔より少ないと思うわ。
今ではカルト映画よ。
以前はそんなこと無かったわ。
ものすごく批判が厳しかった。
でもトリフォーは私達を支持してくれた。
彼がラジオ番組に出た時、
私の映画を観る代わりに セルジュの映画を観ろと。。
すごく嬉しかったわ。

と。この映画とても37年も前の映画だとは思えない。

ペット

ちょっとばかり風邪気味で
寝しなにDVDでも観ながら寝ようかしらんと。
観だしたら・・・
とんでもなく印象的な作品で眠れなくなった。

たった一度きり観ただけでも忘れられなくなった作品。

バーキン

フランス映画独特の雰囲気となだらかな優しい音楽の中。
モノトーンの映画ではなかったのかと錯覚するほどに
色合いの少ない平たんな映像が
かえって心にズシンと重くのしかかってくる作品。

登場人物も設定もロケーションもちっとも綺麗ではなく
むしろ、どっちかと言うと汚らしい場所で汚らしいものばかり映る。
グロテスクなところもあって辟易する場面もある。

なんといっても主人公の男性二人がゴミ処理屋さんなんだから。。
ハエがぶんぶん飛ぶ中で戯れる二人・・
独特の考え方を持つ男。

ゴミ

ゴミはゴミで美しいと。

死骸

死骸は死骸でこれまた美しいと。

美しい

一種の哲学的な概念思想が見える。

おそらく無学であろう男の超自然的なものの考え方が魅了する。
愛に対しても同じくあまりにも自然に大地に溶け込んでいるのだ。

選択

だからこそ、一方の愛の選択を迫る彼女を捨ててゆく。
自分を嫉妬で殺そうとした愛人の男を殴ってぼこぼこにしてくれと訴える彼女。
その時に自然のままに愛を好む男は去ってゆくことになるのだ。

さってゆく

だけれど。観終わったあとの映画自体への感想は
なぜだか美しい映画だったと思えるのだ。

流されていた映像自体は汚らしいものを
より汚らしく写していたのにも拘わらず
心に突き刺さるように残った印象は なぜにかとても美しい。

そんな不思議な映画だった。

ジョー・ダレッサンドロ

[シネマトゥデイ映画ニュース]によると、
第59回ベルリン国際映画祭の参加作品を対象に部門の枠を超えて、
ゲイ・レズビアン映画に対して与えられるテディ・アワードの特別賞が、
1970年代のセックス・シンボル、
ジョー・ダレッサンドロに贈られることとなった。

アンディ・ウォーホルに見いだされた
バイ・セクシュアルのダレッサンドロは、
男女両方にとって目が離せなくなる美しさとたたえられた、
ギリシャ彫刻のような裸体の持ち主だった。

ウォーホルの映画『フレッシュ』で注目され、
映画における男性のセクシュアリティーを変えたと言われた。
ジーンズのジッパー部分がアップになった
ウォーホルのデザインで有名なローリング・ストーンズの
「スティッキー・フィンガーズ」アルバム・ジャケットのモデルもしている。

この方かなりハードな育ち方をしていて
16歳でフルヌードのモデルになった頃には
かなりの性体験があったとか。。
養護施設で育っていて警察との逃走劇もやっている。

ウォーホルはこの人を主体に多くの映画と写真を撮ったそうだ。
はたしてそれはジャン・コクトーとジャン・マレーのようだったのかしらん?
好奇心が沸いてしまう。。

ふむ。。独特の醸しだすよな色気のある人だなあ。。

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