偲ぶ想いと・・・新たなる出発と想い出を。

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ひとりごと・・

ちわわん

Author:ちわわん
知り合った多くの友人たちに。
感謝をこめて。

↑写真はぷりんちゃん15歳6ヶ月と20日(2015年6月20日没)と
3年前に5月7日に17歳で亡くなったその母ムーバです。

静岡市在住の。
ご近所の犬ともだちさんへ。
ありがとうの言葉を添えて☆

長い犬人生と映画など色々。
20年程前のホームページも合体しました。
これからもよろしくお願いいたします。


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「タモリ×SMAP 僕らは未来を信じよう!~宇宙への挑戦と 奇跡の物語」
「タモリ×SMAP 僕らは未来を信じよう!~宇宙への挑戦と 奇跡の物語」


昔は映画館に行くと。
必ず映画のはじまる前に。
大画面でのニュースが報じられるのが常だった。

今思えば。
ニュースだというのに。
一週間や二週間は同じものを流していたのだが。

そんなことも変だとは思わない時代のこと。
ごく当たり前のことだった。

その時流されたニュースには。
よく大爆発を起こすロケットの映像が多かった。

上に上がって行くはずのロケットが。
下にもこもこと上がる黒い煙と共に。
下へ下へとめり込んで埋まっていくかのようであった。

遠い遠い。遠い世界の出来事のようにして
当時の私たちの目には映っていたものだった。

まだまだ月には何かが住んでいると
思いたがっている私たちが居て。
いつか宇宙人と交流をと。
本気で願っていた頃のことである。

そんな本ばかりも多い時代であった。

そんな中。
高一の時には。
アポロ11号が月への第一歩を成し遂げた。

当時のみな誰もが。
世界中が一体となって。
固唾を呑んで見守ったものだった。

もちろん。
勉強なんか手につかずに。
テレビに釘付けとなったのだ。

幼いときから。
まるで米ソの宇宙対決かのように。

ソ連が成功すれば。
アメリカも成功する。

どちらかが失敗すれば。
どちらかも失敗するかのように。
大画面のニュースは伝えていた。

日本人は当然のごとくに。
アメリカを応援していた時代だった。

そう思うと。
私たちの時代は。
幼い時から。
宇宙への進歩と。
宇宙への挑戦とに。
彩られていたようにも思う。

一緒に成長してきた時代だとも言える。

アポロ宇宙船が月面着陸した時には。
明治13年生まれの祖母はまだ生きていた。

私よりもよっぽども先進的な考え方を持つ彼女には。
どんな風に写ったのであろうか。

その頃。祖母に聞いた覚えがあったのだが。
すっかりその時の会話の記憶が失われてしまっている。

104歳までかくしゃくとして生きた祖母は。
いつもどおりにしっかりとご飯を食べ。
お茶を飲み。
好物のアイスクリームを食べていたのを覚えている。

動じることなく。
さらっとテレビを見ていたことが。
印象に残っている。

そんなことを思いつつ。
81歳にもなったバグ宇宙飛行士さん。

お若いなああ。

やっぱり。
何かを成し遂げる人というのは。
何かが違うのかもしれない。
などと思いつつ。

はやぶさ

宇宙探索船”はやぶさ”の軌跡を追った
ドキュメンタリー映画
『HAYABUSA -BACK TO THE EARTH-』
松本零士さんのアニメーションと。
草薙剛さんの
はやぶさに成りきったナレーションと共に。

とても面白く拝見させてもらった。

はやぶさアニメ

いい番組だったと思う。

なつかしさも篭めて。

片道切符だった宇宙飛行犬ライカに感謝。


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たけし新世界七不思議5 長安と平城京
たけし新世界七不思議5 長安と平城京

古代国際都市ナンバーワンはどっちだ?
http://www.tv-tokyo.co.jp/nanafushigi5/

第5回の今回は、
中国の「長安」と日本の「平城京」をノミネートして
1300年前の隋と唐の時代に

長安

国際都市として名高かった中国の「長安」と。

遣唐使船

その長安に行った

遣唐使
遣唐使たちが持ち帰った

柿本人麻呂

知識と技術で造られた都市「平城京」
二つの都市の成り立ちと謎を紐解きます。

いつもエジプトやメソポタミア文明などのことが
多く取り上げられている中・・
嬉しいのは自国の平城京を取り上げていること。
奈良1300年祭のつながりででもあろうか。

平城京の謎
ここのところ諸説もろもろ台頭している

本
聖徳太子の存在云々についても触れている。

私も以前・・
「聖徳太子はいなかった―古代日本史の謎を解く」
  (三一新書) 石渡 信一郎

「聖徳太子は蘇我入鹿である」
  (ワニ文庫) 関 裕二

など。
一時期騒がれて本を読んだことがある。

だが。いまだに半信半疑である。

もう少し真髄に触れた解明を望むのだが。。

食事
天平時代の食事。。

春日大社で巫女の舞を見ながらの
食事会に行ったことがあるのだが。
ここまで豪華ではなかったな。。(笑)

ただその時にあまづら・・を知ったのだった。

もう一度・・聖徳太子の本を読んでみようかな。。

確か蘇我入鹿が聖徳太子だという本も出ていたなあ。

テレビ東京のものだったのでこいさんありがとう!

楊貴妃
そして。。つくづく思うのは。
女に弱い老人男の性・・・

30歳違いの老いらくの恋・・・
そのお陰で・・
私も去年秋に引越しを余儀なく・・

家も店も何もかも貢いでしまうのは。。
馬鹿な91歳爺さんの妄想恋愛なんでしょうねええ。
その傍迷惑さは・・
身をもって味わったことでした。


テーマ:TV - ジャンル:テレビ・ラジオ


「封印された三蔵法師の謎~シルク ロード30000キロに挑んだ男~」
役所広司さん

2010年9月23日 ... 9月23日
テレビ東京系で放送のドキュメンタリー番組
「封印された三蔵法師の謎~シルク ロード30000キロに挑んだ男~」
http://www.tv-tokyo.co.jp/sanzo/
こちらをこいさんに送っていただきました。

旅人には役所広司さん。
ナビゲーターにはSMAPの草剛さん
語りを松坂慶子さん。

★・・・・

三蔵法師と言えば
やっぱり西遊記!
孫悟空や沙 悟浄や猪八戒を連れた
美しい青年僧を想いうかべてしまう。私。

それもいまだに夏目雅子さんや
堺正章さんの孫悟空であったり・・・。(笑)

もちろん
スマップの慎吾ちゃんの時のものも記憶には新しいのだが。
残念ながらこの新シリーズは
最初の木村拓也さんの時のものと
及川光博さんの時のもの位しか見ていないのだ。
と、
そうこう書いているうちにも
頭の中にはゴダイゴのガンダーラのメロディが
流れてきて渦巻いてしまっている。(笑)

と、書きつつ。。

この番組の冒頭に出てくるミイラには辟易。。。
うへ。
私はミイラが大の苦手である。
苦手であるにも拘わらず。
多くのミイラの実物を見て来てしまった。

ああ・・思い出したくも無い。
なのに。。。

どうにもミイラにうなされた19才の日を思い出す。
それは東北の金色堂のミイラだ。
次はマヤ文明の子供のミイラ。
そしてお定まりのエジプトのミイラ。
即身仏だかのミイラも見たな。。

あああ・やだやだ。。。

話は脱線してしまったが・・・
この番組としては壮大さと雄大さの広がる
限りなき砂漠の荒野を歩いて旅をした
三蔵法師の足跡を訪ねて
その真実と謎を解明してみようではないかとの
考えのもとに。
俳優の役所広司さんが、
美味しい酒が飲めるという話ににつられて快諾し
一年半にわたって実際に自分の足で旅して
尋ね歩いてみようという試みから作られている。

大自然の過酷さと大きさにも触れ
無垢な現地の人たちとの姿にも触れてゆきます。

世界7カ国。
その果てに見たものはなんだったのでしょうか。

封印されていた三蔵法師の謎を求めて
1400年前の昔・・
当時としては、
17年の長きに渡り
往復して帰ってくるとしたら
なんと3万キロにもわたる壮大な旅路。。

そしてまた謎とされていた
その旅を支えていたた軍資金の謎も
ミイラとなった唐の国王の履いていた紙の靴によって
莫大な金銀や馬などを唐王朝が援助していたことが
史実として解き明かされていきました。

実は三蔵法師の歩いた後には。
唐によって滅ぼされ征服されていった国々が多いことから
唐のスパイではなかったのかと言われていた三蔵法師。
その膨大な報告書と消えている報告書の謎も。
解明されています。

松尾芭蕉のような立場だったのかも。。

また、
このミイラの履いていた紙の靴は
当時使われていた古紙を
再利用されて作られていたそうで
その古文書の解読には
なんと大阪の日本人の学者二人が携わり
解読を成し遂げたのだそうです。

その結果。
三蔵法師その人が
物語の中だけの人でなく
実際に実在した人物だったことが
判明されたということです。

そんな風に続く映像の数々に。
私も一緒に旅をしているような気持ちになって。
広大な素晴らしい景色を眺めながら
心は駆け巡り・・

と。

とても大きなドキュメンタリー番組でした。

こいさんありがとう~~

三蔵法師

いつの時代でも
人を支えていてくれたのは
人々の力だったのかも。。ねえ。。

テーマ:ドキュメンタリー動画 - ジャンル:テレビ・ラジオ


NHK『ザ・スター~坂東玉三郎編~』
NHK『ザ・スター~坂東玉三郎編~』
http://www.nhk.or.jp/star/

玉三郎さん

なるほど。。
なるほど。。。

私たちの年代には
とても馴染みの深い歌舞伎の玉三郎さんと
安全地帯の玉木浩二さんとのデュエット。

どちらも青春時代真っ盛りの
象徴的な芸能人の方々だったな。

玉三郎さんとうちの兄は同い年。
五黄の寅である。
強そうだ。。(笑)

私は30数年前に出版された篠山 紀信さんの
大きくて重い装丁本の写真集をいまだに持っている。
とても大きな本で見るのも重いものである。

この頃の時代に。
こんなふうな装丁の本が色々と流行しだしたハシリで
外国の有名な画家さんたちの画集やら
日本の有名な画家さんたちの画集やらが
綺麗な技術を持って出版されだした頃であった。

私は岡鹿之助さんのものとか。
ビュッフェやシャガールのものとかをいまだに大事に持っている。
その後続々と 
もっと綺麗な印刷技術のものが沢山出版されているのだけれど。
自分の青春の想い出でもあるその本たちが捨てられない。

玉三郎さんと言えば
死んだ祖母や実母や叔母や従妹たちと
ぞろぞろと連れ立って毎月決まって観に出かけたものである。

あの頃は年寄りも親戚もみんなで寄り集まってお出かけ。
母たちは演劇界の会員となっていて
毎月必ず新橋演舞場か歌舞伎を観にいくのが常だった。

前にもどこかで書いた記憶があるのだが。
その頃には104歳で亡くなった祖母も大いに元気で
気に入りの着物をあれこれと
とってもお洒落をして出かけて行ったものである。
夏には夏の。冬には冬の。

親戚の東儀までが交わって
総勢7人くらいで観劇に行くなんてざらであった。

そして皆で幕間にはお弁当を食べにゆく。
これもまた観劇には欠かせない楽しみの一つであった。

歌舞伎にはそんな想い出が多い。
言葉の意味も解らない頃からのお付き合いだった。

そんな歌舞伎座も今はもう。
無いのだそうな。。
ちょっと寂しいかな。

そして皆が大ファンで応援していたのは
片岡孝夫さんやら尾上辰之助さんやら・・
辰之助さんは父と名前が同じだったせいで。。(笑)
その後実母と叔母がお熱を上げたのが玉三郎さんだった。
祖母は相変わらず 歌右衛門さんが好きだった。

その頃は まだまだ端役が多くて
町娘やらを演じていても 
ひときわ背が高くて目立ってはいたが
なよなよと儚げで美しく見えた。

そんなことを想いだす。

玉三郎さんの語る言葉には奥が深い。

子ゆえの闇。恋ゆえの闇。
見えない部分を演じていて
お客様に見せて そしてその心をさらう。

すべてが含みが多く
とても書きとめきれるものではなかった。

ゲストの方々も素晴らしく。
豪華な人ばかり。
中田英寿さん、椎名林檎さん、樹木希林さん、
川平慈英さん、赤井英和さん などなど。

堤真一さんとの逸話はとても有名な話なのだが
ご本人たちが隅田川の船上で語ったのには
どちらのファンの私にはとても嬉しかった。

こいさんのお陰で観ることができました。
ありがとう。感謝です。

調度品
玉三郎さんが20年前に誂えた鏡台の調度品。
桑のムクに四季の蒔絵が描かれている。
それが江戸風なのだそうな。

桜の絵

これを眺めながら四季を感じ想像するのだそうな。

秋

なんて素敵な。。

持ち物はその方の人となりをあらわすという。。

テーマ:TV番組 - ジャンル:テレビ・ラジオ


メモリーズ わが心の日本映画 (インタビュー番組)
メモリーズ わが心の日本映画 
スカパー 日本映画専門チャンネル
2010年08月07日(土) 15:40~


特別企画
わが心の黒澤明 第4回目
ゲスト:寺島進さん。

・・・・☆・・・・

俺の役者人生は
三船敏郎さんの学校から始まった。
でも。その時。
俺は三船敏郎さんを知らなかった。

新人時代には、
黒澤映画の撮影にも参加した。
でも、その時、
俺は黒澤監督の偉大さを知らなかった。

当時はそれが
どれだけ貴重な経験なのかも
分らないまま、
その日その日を生きるのに必死だった。

もっとあの時、色々なものを見て、
聞いて、感じておけば、とも思うけど。
あの頃の俺にそれを言うのも
野暮ってものかもしれない。

・・・・☆・・・・

対談

とてもすっきりとしたお顔をなさっている。
一見すると昔に比べて角が取れたなっていう感じがする。
人間40を過ぎるとその人と成りが顔に表れるとは言うが。
なるほど。良い人生をおくってきているのが良く分る。
充実したとても良いお顔だ。

やっと新婚ボケもおさまったものだろうか。(笑)

この頃の演技も磨きがかかってきて
とても良い感じになってきた。
一時の浮つきが落ち着きに変わってきて
とても良い味の有る芝居をしている男になった。

・・・☆・・・

はじめてこの世界に入った頃の写真公開。
剣友会だとチンピラ役しかなかったので
こういった写真になったのだとか。

古い写真

先輩方を真似たのだとか。。(笑)

師匠と

・・・☆・・・

黒澤明監督の『乱』の映画にも参加。

宇仁貫三さんの剣友会に入って2年目ぐらいのこと。
乱の映画の歩兵として先輩方と一緒に参加したのだという。
先輩方は馬でダーーーッとかっこよく出演していて
自分達は槍を持って走っていたのだと。
自分も早く馬に乗れたらいいなぁ=っと思って見ていたそうな。

歩兵

撮影に参加したエキストラは12万人ほど。
馬は1万5千頭にものぼったそうだ。
そういえば前に日本平の麓に有名な映画の馬の人が居たな。
今は千葉か栃木か?
あちらの方に越してしまったが。

毎朝新宿のスバルビルからロケバスが出発したそうな。
歩兵だったので短パンに草鞋が
11月末での空でたいそう寒かったそうな。
ガンガンっていうドラム缶に炭を入れて焚き
暖を取るにも。
先輩方があたっていると自分達下っ端は当たれずに
そうっと足の先だけ差し出して暖まっていたそうな。

フランス人監督のクリス・マイケルが1985年に
『乱』の撮影過程を撮影記録したドキュメンタリー
『AK』にも自分が居るんじゃないかと探してしまったそうな。

あの当時の空気とか匂いとかが蘇えってくるような気がするそうな。
寒さとかも。
鎧とかも一人で着れずに
先輩方に助けてもらった思いでも語っている。

ベンツでやってくる黒澤明監督さん。

『ゴジラ』の本田猪四朗監督を
怒っている黒澤明監督の話など語られている。

最大の見せ場である三の城の炎上シーン。
住宅100軒分の木材を使い
4億円をかけて建造された城を
一発勝負で火矢を仕掛けて燃やしてしまうのだ。

炎上シーン

仲代達也さんが出てくるシーンで
仲代さんが出てくると実際にその迫力で
歩兵の人たちがみんな引き下がってしまったそうな。
その左側に寺島進さんは歩兵としていたそうな。

火矢

燃やすシーンも周りの緊張感が凄かったので
エキストラにもその緊張感が伝わってきたそうな。
絶対失敗できないシーンに
火矢をカーッっと。
射るシーンに寺島進さんも参加していて
あの三の城を燃やしたんだとか。

ものすごい緊張したそうです。

撮影が終わったときに
カットが掛かって黒澤明監督が
みんなにありがとう~~っと
ねぎらいの言葉を戴いた時には
映画参加して良かったなぁ~と思ったそうです。

今黒澤明監督がご存命だったら
オーディション受けて参加したかったそうです。
先輩方へと嫉妬と悔しさもあるそうな。

・・・☆・・・

寺島進にとって映画は?
と言う質問に対して書かれた言葉は。
『心道』

心の中に入ってくるような感じがするんですよね。
なんかね。
奥にね。身体のなんか。
道みたいに。
フィルムが道みたいに。
この道無いとちょっと生きづらいな・・みたいに。

書く


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