『タフ』 part1 誕生編 1990年 原田真人監督 その2
原田真人監督のことば・・
寺島進は この前に
あのー 『さらば愛しき人よ』の時に
殺され役で来た時に
ああ すごくいいなぁーって いうのがあったんで、
で、今回、この映画の時にも、
最初に、チンピラ役なんですけど
一応、一番最後の ラスト場面になるんですけどね、
ものすごく 好きで 気に入って
来てもらったんですけどねー。この役は。
で、それは トヨエツも そうなんですよ・・・。
と語っている。
最後の場面、
これは 調布か国立の学校の
体育館で撮影されたそうだ。
力也さんに 真正面から おでこを撃たれて死ぬ場面だ。
びびって ずるずるっと後ずさってゆく。
そこを 容赦なく力也さんが 撃ち抜くのだ。
これもねぇー あのー
寺島進って ほんとにやる気がありますからねぇ
顔をなんにも覆わなくていいって言ったけど、
いくらなんでも、
真正面から 撃ってるってのを見せたいから
あれは、あの、おでこのところに はめてもらってますけど
かなり 怖かったと思うんですよね。
それでも彼は、 やはりそこに至る
あの、エモーションの、
感情的なものの、ビルトアップするってのも、
とても理解してやってくれてるし、
これは狙い以上のものが 出せましたけどね。
なるほど、ビルトアップか。
それで鍛え上げた 筋肉美を見せていたのか。
やたらに 前をはだけていたわけでは なかったらしい。
確かに、腹筋がしっかりと割れていて
見事に 引き締まっていて
美しく 目を惹く。
そういえば、
豊川悦司さんも なんとも すごい役で出ている。
まあ。なかなかに。強烈な・・。
トマトフェチの男の役だ。
どんな役柄でも 誠心誠意という
真摯な俳優さんたちの 姿が垣間見える。
そんな作品だ。
映像は美しく、音楽がとても良い。
ただ、話の内容は・・・・別として、
強烈に印象に残る作品だ。
助監督に辻裕之さんの名前も見える。
原田真人監督のことば・・
寺島進は この前に
あのー 『さらば愛しき人よ』の時に
殺され役で来た時に
ああ すごくいいなぁーって いうのがあったんで、
で、今回、この映画の時にも、
最初に、チンピラ役なんですけど
一応、一番最後の ラスト場面になるんですけどね、
ものすごく 好きで 気に入って
来てもらったんですけどねー。この役は。
で、それは トヨエツも そうなんですよ・・・。
と語っている。
最後の場面、
これは 調布か国立の学校の
体育館で撮影されたそうだ。
力也さんに 真正面から おでこを撃たれて死ぬ場面だ。
びびって ずるずるっと後ずさってゆく。
そこを 容赦なく力也さんが 撃ち抜くのだ。
これもねぇー あのー
寺島進って ほんとにやる気がありますからねぇ
顔をなんにも覆わなくていいって言ったけど、
いくらなんでも、
真正面から 撃ってるってのを見せたいから
あれは、あの、おでこのところに はめてもらってますけど
かなり 怖かったと思うんですよね。
それでも彼は、 やはりそこに至る
あの、エモーションの、
感情的なものの、ビルトアップするってのも、
とても理解してやってくれてるし、
これは狙い以上のものが 出せましたけどね。
なるほど、ビルトアップか。
それで鍛え上げた 筋肉美を見せていたのか。
やたらに 前をはだけていたわけでは なかったらしい。
確かに、腹筋がしっかりと割れていて
見事に 引き締まっていて
美しく 目を惹く。
そういえば、
豊川悦司さんも なんとも すごい役で出ている。
まあ。なかなかに。強烈な・・。
トマトフェチの男の役だ。
どんな役柄でも 誠心誠意という
真摯な俳優さんたちの 姿が垣間見える。
そんな作品だ。
映像は美しく、音楽がとても良い。
ただ、話の内容は・・・・別として、
強烈に印象に残る作品だ。
助監督に辻裕之さんの名前も見える。
『タフ』 part1 誕生編 1990年 原田真人監督 その1
「オレ 動物は殺せネエけど。
人は殺せると思うから・・
弟子にしてよ!」
って・・主人公 ジロウ(木村一也さん)が
偶然にあった 殺し屋のネジメに言う。
オイオイ・・・・。
それじゃ 優しいのか 優しくないのか・・
わからないだろう・・・。
その根路銘 ネジメと言う殺し屋。
なんと 趣味か本業か、陶芸家なのだ。
これこそ まさに表裏一体。
美しいものを見る眼の 審美眼と。
人間を殺すための 殺意の眼と。
なにかしら 共通点があるのだろうか?
”無心”ということか。
男の人好みの 裏の組織の話。
ゲーム感覚の 人殺し・・
なんか 切ないし。暗いね。
こういう話は、苦手な部類。
人間と人間を かみ合わせ
殺し合わせて それを眺めて楽しむなんて、
最低だ。
昔 ジョニー・ディップの映画で『ブレイブ』
という映画があった。
あの映画も そういったゲームで 殺されるために
多額のお金で 身を売る青年の話だった。
家族を養うために お金のために
身を差し出してゆく チェロキーインディアンの青年の
決心と決意の過程が 細かく 描かれていて、
あまりにも せつなく、哀しく、
見ているだけで 辛くなる映画だった。
見終わったあとも
ずぅんと長い間 心を蝕むかのように
見てしまった 観客達を 責めているかのように
悲痛に 訴えかけている映画だった。
この『ブレイブ』という映画、
音楽もステキだった。
この『タフ』と言う映画も
内容はともかく 画面が美しかったり
音楽が とても良い。
前に見たときにも 思ったのだが、
手厳しい非情さは 伝わる映画だ。
ふっと 引き込む力が ある作品。
この監督さん、、
『ラストサムライ』で大村役をされた方だ。
演出家助手のところで 辻裕之さんの名前もある。
どこかしら 訴える力のあるように 思えたのは
そういった所以かもしれないなあ。
矢嶋健一さんが 良い味をだしているなあ。。
この人 こういう人でなしの役が 良く似合う。
二家元辰巳さんの顔も見える。
野の花を摘んで・・
愛しそうに香りをかいで 愛でていながら
ぱくっと、食べるのが・・・。
なんとも 特異な雰囲気の役柄だ。
寺島進さんは
組織の会長さんの 運転手兼護衛役だ。
真っ黒な長めの髪の毛を オールバック。
つるつるっとした肌で 大きな眼が印象的だ。
スリッポンを素足に履いている。
シャツは大きな千鳥格子 私はこれを
記憶違いで 迷彩柄だと思っていた。
今回見直してみて。あれま。・・と。
ベルトはニシキヘビ。妙にぴったりだから 笑える。
耳にはピアス。
この頃の作品 ほとんどにピアスをしている。
お好きだったのかしら?
最後に会長さんを守るために??
なぜか、いつのまにやら
シャツの前をはだけてるし・・・。 (笑)
そのシャツの中側に 銃を仕込んでる?
むむ。
力也さんに 銃を突きつけられて
で、
うぅぅん。。うぅぅんむ。む。って
泣きそうな表情で 後ずさっていきます。
なんとも ビビリ方が可愛いのよねぇ。
この頃の寺島進さん 本当に可愛らしいです。
すぐに脱ぐのは 裸に自信があったからなのかしらね?
ま。。綺麗な身体をしてらっしゃるんだけど・・。
「オレ 動物は殺せネエけど。
人は殺せると思うから・・
弟子にしてよ!」
って・・主人公 ジロウ(木村一也さん)が
偶然にあった 殺し屋のネジメに言う。
オイオイ・・・・。
それじゃ 優しいのか 優しくないのか・・
わからないだろう・・・。
その根路銘 ネジメと言う殺し屋。
なんと 趣味か本業か、陶芸家なのだ。
これこそ まさに表裏一体。
美しいものを見る眼の 審美眼と。
人間を殺すための 殺意の眼と。
なにかしら 共通点があるのだろうか?
”無心”ということか。
男の人好みの 裏の組織の話。
ゲーム感覚の 人殺し・・
なんか 切ないし。暗いね。
こういう話は、苦手な部類。
人間と人間を かみ合わせ
殺し合わせて それを眺めて楽しむなんて、
最低だ。
昔 ジョニー・ディップの映画で『ブレイブ』
という映画があった。
あの映画も そういったゲームで 殺されるために
多額のお金で 身を売る青年の話だった。
家族を養うために お金のために
身を差し出してゆく チェロキーインディアンの青年の
決心と決意の過程が 細かく 描かれていて、
あまりにも せつなく、哀しく、
見ているだけで 辛くなる映画だった。
見終わったあとも
ずぅんと長い間 心を蝕むかのように
見てしまった 観客達を 責めているかのように
悲痛に 訴えかけている映画だった。
この『ブレイブ』という映画、
音楽もステキだった。
この『タフ』と言う映画も
内容はともかく 画面が美しかったり
音楽が とても良い。
前に見たときにも 思ったのだが、
手厳しい非情さは 伝わる映画だ。
ふっと 引き込む力が ある作品。
この監督さん、、
『ラストサムライ』で大村役をされた方だ。
演出家助手のところで 辻裕之さんの名前もある。
どこかしら 訴える力のあるように 思えたのは
そういった所以かもしれないなあ。
矢嶋健一さんが 良い味をだしているなあ。。
この人 こういう人でなしの役が 良く似合う。
二家元辰巳さんの顔も見える。
野の花を摘んで・・
愛しそうに香りをかいで 愛でていながら
ぱくっと、食べるのが・・・。
なんとも 特異な雰囲気の役柄だ。
寺島進さんは
組織の会長さんの 運転手兼護衛役だ。
真っ黒な長めの髪の毛を オールバック。
つるつるっとした肌で 大きな眼が印象的だ。
スリッポンを素足に履いている。
シャツは大きな千鳥格子 私はこれを
記憶違いで 迷彩柄だと思っていた。
今回見直してみて。あれま。・・と。
ベルトはニシキヘビ。妙にぴったりだから 笑える。
耳にはピアス。
この頃の作品 ほとんどにピアスをしている。
お好きだったのかしら?
最後に会長さんを守るために??
なぜか、いつのまにやら
シャツの前をはだけてるし・・・。 (笑)
そのシャツの中側に 銃を仕込んでる?
むむ。
力也さんに 銃を突きつけられて
で、
うぅぅん。。うぅぅんむ。む。って
泣きそうな表情で 後ずさっていきます。
なんとも ビビリ方が可愛いのよねぇ。
この頃の寺島進さん 本当に可愛らしいです。
すぐに脱ぐのは 裸に自信があったからなのかしらね?
ま。。綺麗な身体をしてらっしゃるんだけど・・。
稲村ジェーン 1990年 その4
ーーーー つづき −−−−
まあ、こういう映画を よかったっていう世代と、
全然 認めないっていう世代の ギャップがあるのかもしれない。
けどね、
世代だけじゃなくて 頭も問題もある。
ノーテンキな感性だけで 生きているヤツと、
いろいろ考えて 生きているヤツとの 差って言うか、
オイラのように ヘソ曲がりで
あれこれ理屈考えているヤツには 無理な映画だよ。
ただ、 いまは明らかに ノーテンキが流行る時代だから、
オレの映画は ウケにくいと思う。
どっちがいいって問題じゃないから、
いい音楽で いい絵を見せたいなら、
どうぞご勝手にってこと。
ミュージシャンは 理屈を考えずに、
思い通りにやっていればいいんだ。
まだまだ サザンは 大丈夫だよ。
ノーテンキやってるからな。
監督北野として ちょっというと、
お笑い場面については 論外として、
綺麗な絵ってことに関して 桑田監督に誤解がある。
いろいろ凝った絵があるんだけど、
あれは スチールのきれいさなんだ。
いってみれば 絵葉書のたぐい。
映画の絵は 動画なわけで、絵コンテ通りに
ディレクションするってことは 錯覚なのであって、
シーン全体として どうかってことに
もっと 意欲的にならないといけない。
映画は 絵の連続体なのだと 考えては 大間違い。
映画の中で 一枚の絵というのは ありえないんだよ。
もうひとつ 理屈をいうと、
ベトナム戦争に行く 米兵のエピソードが出てくるけど、
あれは あれで芯になる エピソードなのに
要領を得ない扱いになっている。
エピソードの詰め込みすぎで、
それらの軽重、バランスが 全然取れていないんだ。
米兵との話なんて、
小説が 一本書けるぐらいのものなのに、
歌詞の 一行って感じの扱い。
歌詞の方法を 押し付けたって気がする。
まあ、ともかく
サーファーが出てくる映画なんだから、
波のひとつぐらいは 見せてほしかったよ。
環境ビデオとしても ものたりないじゃない。
とはいうものの、
映画を 観終わって 外に出たとき、
何故か『真夏の果実』のメロディを
口ずさんでいたのは、
われながら 不思議だと思ったけどね。
ーーーー 他にもいろいろ −−−−
なかなか 共感することも多く
痛烈な内容が 心地よかったりする。
黒澤監督の『夢』に関しては まったくの同意見だ。
それと
前に『稲村ジェーン』の感想を書いたときに
少し触れていたのだが、
私達の時代 ベトナム戦争も とても身近な話題だった。
常にニュースが流れ
ケネディ大統領の演説が流れ、
その演説が組み込まれた レコードが バカ売れした時代だった。
それを聞きながら 悩み考え 議論した時代なのだ。
学生運動も盛んだった。
その時代を 共有したものだけが 持つ
郷愁がある。
北野武監督さんの この本も よかったら どうぞ。
ーーーー つづき −−−−
まあ、こういう映画を よかったっていう世代と、
全然 認めないっていう世代の ギャップがあるのかもしれない。
けどね、
世代だけじゃなくて 頭も問題もある。
ノーテンキな感性だけで 生きているヤツと、
いろいろ考えて 生きているヤツとの 差って言うか、
オイラのように ヘソ曲がりで
あれこれ理屈考えているヤツには 無理な映画だよ。
ただ、 いまは明らかに ノーテンキが流行る時代だから、
オレの映画は ウケにくいと思う。
どっちがいいって問題じゃないから、
いい音楽で いい絵を見せたいなら、
どうぞご勝手にってこと。
ミュージシャンは 理屈を考えずに、
思い通りにやっていればいいんだ。
まだまだ サザンは 大丈夫だよ。
ノーテンキやってるからな。
監督北野として ちょっというと、
お笑い場面については 論外として、
綺麗な絵ってことに関して 桑田監督に誤解がある。
いろいろ凝った絵があるんだけど、
あれは スチールのきれいさなんだ。
いってみれば 絵葉書のたぐい。
映画の絵は 動画なわけで、絵コンテ通りに
ディレクションするってことは 錯覚なのであって、
シーン全体として どうかってことに
もっと 意欲的にならないといけない。
映画は 絵の連続体なのだと 考えては 大間違い。
映画の中で 一枚の絵というのは ありえないんだよ。
もうひとつ 理屈をいうと、
ベトナム戦争に行く 米兵のエピソードが出てくるけど、
あれは あれで芯になる エピソードなのに
要領を得ない扱いになっている。
エピソードの詰め込みすぎで、
それらの軽重、バランスが 全然取れていないんだ。
米兵との話なんて、
小説が 一本書けるぐらいのものなのに、
歌詞の 一行って感じの扱い。
歌詞の方法を 押し付けたって気がする。
まあ、ともかく
サーファーが出てくる映画なんだから、
波のひとつぐらいは 見せてほしかったよ。
環境ビデオとしても ものたりないじゃない。
とはいうものの、
映画を 観終わって 外に出たとき、
何故か『真夏の果実』のメロディを
口ずさんでいたのは、
われながら 不思議だと思ったけどね。
ーーーー 他にもいろいろ −−−−
なかなか 共感することも多く
痛烈な内容が 心地よかったりする。
黒澤監督の『夢』に関しては まったくの同意見だ。
それと
前に『稲村ジェーン』の感想を書いたときに
少し触れていたのだが、
私達の時代 ベトナム戦争も とても身近な話題だった。
常にニュースが流れ
ケネディ大統領の演説が流れ、
その演説が組み込まれた レコードが バカ売れした時代だった。
それを聞きながら 悩み考え 議論した時代なのだ。
学生運動も盛んだった。
その時代を 共有したものだけが 持つ
郷愁がある。
北野武監督さんの この本も よかったら どうぞ。
稲村ジェーン 1990年 その3
ーーーー つづき −−−−
でも、音楽映画なのに 無駄で邪魔なセリフがあり過ぎて、
音楽を殺しているって いえるかもしれない。
むしろ、セリフを一切消して、音楽と絵だけでやったほうが
はるかにインパクトの強いものになるんじゃないの。
いまのままだと、長いプロモーションビデオだよ。
実際に、テレビのスポットの『稲村ジェーン』は見事なものだし、
あの『天と地と』のスポットに負けてない。
でもあれだけを見れば十分って感じだな。
さっきもいったように、
こえは環境ビデオとしては いいなと思うよ。
だから 最後のロールだけを エンドレスで回して
他は 全部ボツ。
いってみれば、 桑田監督は
最後のロールとバックに流れる歌を やるために、
ずっと 撮りつづけたって気がするね。
初めて ヒットを飛ばした 演歌歌手の公演なんかで、
「さあ、 お待ちどうさまでした。
いよいよ次は、 ヒットしました『真夏の果実』です!」
と司会しておいて、最後にきて、
「アンコールにお応えして、もう一度『真夏の果実』を
お聞きください!」
その曲を 涙流して歌いながら、
「ありがとうございました。ありがとうございました。」
って四方八方に おじぎしまくるって いう 段取りがあるじゃない。
この映画の ロールはまさにそれで、
あちこち おじぎしているような絵が ポッポポッポ入っている。
ドサ回り芸の 根本的なスタイルで、
これが ミュージシャンの 営業スタイルの
変わらぬ 根幹じゃないかと思うね。
音楽映画だから、 音楽の中に 映像が入っていて、
つまりは 音楽興行になっているわけで、
その意味でも 最後のロールは 印象的なんだ。
映画として 見ちゃいけないんであって、
音楽を聞くために 映画館に入ると
思ったほうが いいかもしれない。
悪くいえば、
映画館に 入って 目をつぶっていろ、
ってことになるし、
よくいえば、
いい曲を 2曲聞かせてもらったってことになる。
しかも 一曲が『真夏の果実』って
売れ線の曲を 聞かせておいて、
もう一曲は ラテンかなんだか知らないけど、
自分の好きな曲で、
売れ線から 飛んだ極を ひとつやっている。
ミュージシャンの営業ってことを
よく考え抜いているえ、桑田監督は。
パンフレットには いろいろもっともらしいことが
書かれているけど、
問題提起とか 何とか。
だけど、
ミュージシャンは 頭を使わないほうがいい。
問題なんていらないんであって、
下手に 問題提起すると 岡林信康になっちゃうってこと。
この映画は何も 考えてないよ。
ーーーーー つづく −−−−−
稲村ジェーン 1990年 その4へ。
ーーーー つづき −−−−
でも、音楽映画なのに 無駄で邪魔なセリフがあり過ぎて、
音楽を殺しているって いえるかもしれない。
むしろ、セリフを一切消して、音楽と絵だけでやったほうが
はるかにインパクトの強いものになるんじゃないの。
いまのままだと、長いプロモーションビデオだよ。
実際に、テレビのスポットの『稲村ジェーン』は見事なものだし、
あの『天と地と』のスポットに負けてない。
でもあれだけを見れば十分って感じだな。
さっきもいったように、
こえは環境ビデオとしては いいなと思うよ。
だから 最後のロールだけを エンドレスで回して
他は 全部ボツ。
いってみれば、 桑田監督は
最後のロールとバックに流れる歌を やるために、
ずっと 撮りつづけたって気がするね。
初めて ヒットを飛ばした 演歌歌手の公演なんかで、
「さあ、 お待ちどうさまでした。
いよいよ次は、 ヒットしました『真夏の果実』です!」
と司会しておいて、最後にきて、
「アンコールにお応えして、もう一度『真夏の果実』を
お聞きください!」
その曲を 涙流して歌いながら、
「ありがとうございました。ありがとうございました。」
って四方八方に おじぎしまくるって いう 段取りがあるじゃない。
この映画の ロールはまさにそれで、
あちこち おじぎしているような絵が ポッポポッポ入っている。
ドサ回り芸の 根本的なスタイルで、
これが ミュージシャンの 営業スタイルの
変わらぬ 根幹じゃないかと思うね。
音楽映画だから、 音楽の中に 映像が入っていて、
つまりは 音楽興行になっているわけで、
その意味でも 最後のロールは 印象的なんだ。
映画として 見ちゃいけないんであって、
音楽を聞くために 映画館に入ると
思ったほうが いいかもしれない。
悪くいえば、
映画館に 入って 目をつぶっていろ、
ってことになるし、
よくいえば、
いい曲を 2曲聞かせてもらったってことになる。
しかも 一曲が『真夏の果実』って
売れ線の曲を 聞かせておいて、
もう一曲は ラテンかなんだか知らないけど、
自分の好きな曲で、
売れ線から 飛んだ極を ひとつやっている。
ミュージシャンの営業ってことを
よく考え抜いているえ、桑田監督は。
パンフレットには いろいろもっともらしいことが
書かれているけど、
問題提起とか 何とか。
だけど、
ミュージシャンは 頭を使わないほうがいい。
問題なんていらないんであって、
下手に 問題提起すると 岡林信康になっちゃうってこと。
この映画は何も 考えてないよ。
ーーーーー つづく −−−−−
稲村ジェーン 1990年 その4へ。
稲村ジェーン 1990年 その2
北野武監督の
『仁義なき映画論』と言う本が あるのだが、
書かれている内容は 痛烈であり
小気味がいいものもあるが、
いや、私はそうは思わないよっという
賛同しかねるものもある。
まあ。当然のごとく
人の心は 多種多様だ。
人それぞれに 感情の観点というか
沸点が違うものだ。
おのおのが 思うところと 感じる
勘所は 違ってくるのが当たり前だ。
北野武監督の書いている
『稲村ジェーン』の 頭書きには
まず こんな見出しがついている。
やたら長くて、 ひどく退屈したなあ
音楽抜きなら
桑田ファンも 逃げるぜ。 ・・と。
ううむ。。
1995年に出版された本だった。
ちょうどもう 桑田さんとの
丁々発止も 一区切りが ついていて
北野監督も もう
『あの夏、いちばん静かな海。』
を撮り終えている。
まあ。。あれだけの 才能の宝庫ともいうべきお方、
人とは違った 天才の頭脳をもってすると
また 違った目で そうも見え、
感じとり、受け止めた部分があったのだろう、
言いたいこともあったのだろう。
凡人の私には、
別に難しいことを抜きにして
面白く見させてもらったのだが、
私には 測るべくもない。
冒頭の書き出しも面白い。
ーーー −−− −−− −−− −−−
「どーも、黒澤明です。
『夢』では ボケてしまいまして、
お客さんに グーグー夢を見せてしまい、
まことに どうも、歳なもので・・・・」
失礼しました。
と、いうわけで、 始まりましたが、
「どーも、 大島渚です。
セックス映画は当たります。
最近はタレント業専念の 私ですが、
来年こそは『あげまん』に負けない
セックス映画を 絶対に・・・・』
失礼しました。
と、いうわけで、始めますが、
私が 監督の北野です。
三本目の監督作品
『あの夏、いちばん静かな海。』という
お涙頂戴の 異常な恋愛映画を撮り終えて、
ただ今 監督休養中。
みなさん、ひとりでも ふたりでも 友達、
家族、愛人を誘って 映画館に来てください。
お前もだゾ。
・・と
はじまるのだ。
ーーー −−− −−− −−− −−−
というわけで、
桑田君の『稲村ジェーン』をみせられちゃったけど、
いやもう半分も見ないうちに
逃げ出したくなっちゃって、
こんなに長く感じた映画は 初めてだね。
この映画のポスターに
「暑かったけどよう、短かったよなぁ、夏」って
コピーがあったけど、
「ちっとも アツくならずによう、長かったようなぁ、
この映画」
っていう感じだよ、まったく。
この映画は 音楽だけ。
映画音楽は、 それはそれであるわけで、
オレのは ひたすら映画だから、スタートからして違う。
あれこれ いっても始まらない。
好きか嫌いか、 合うか合わないかだけだよ。
だけど、音楽なしで この映画を見せてだな、
何割の人が 感動するのか 試してみたいね。
まあ桑田君も 頭いいから、
評論家が 文句言うのを予想していて、
あえて 作ってんだろうな。
理屈で批判すると、
「これはノーテンキな映画で 環境ビデオみたいなモンですから」
って答えられそうじゃない。
高座の落語家に向かって
「ばかやろうー、憲法第九条について ちゃんと話をしろ」
って怒るようなもんで、怒るほうがバカなんだ。
この映画の見所は どこか。
答えは簡単。最後のロール。
スタッフと出演者の 名前が流れるのと同時に、
フラッシュバックふうに いろんな場面が紹介されるんだけど、
あれだけを 見れば十分であって、あとは何もないよ。
だから、もう一回編集し直して 音楽の部分だけを、
ストーリー無視して つなぎ直せば、
もっと 首尾一貫したものになるんじゃないの。
監督自身、ストーリーはご愛嬌であって、
音楽に合う絵を 一生懸命撮っていたって感じだし、
どうせ桑田ファンしか 見ないだろうから、
そのほうが ずっといい。
オレは非難しているんじゃない。
誤解しないように。
そういう音楽映画が ジャンルとしてあることは
ちゃんと認める。
普通の映画のように ストーリーがどうの、
人間の描き方が どうのっていうふうに語るものじゃ
ないってことだよ。
ーーーー つづく −−−−−
稲村ジェーン 1990年 その3 へ
北野武監督の
『仁義なき映画論』と言う本が あるのだが、
書かれている内容は 痛烈であり
小気味がいいものもあるが、
いや、私はそうは思わないよっという
賛同しかねるものもある。
まあ。当然のごとく
人の心は 多種多様だ。
人それぞれに 感情の観点というか
沸点が違うものだ。
おのおのが 思うところと 感じる
勘所は 違ってくるのが当たり前だ。
北野武監督の書いている
『稲村ジェーン』の 頭書きには
まず こんな見出しがついている。
やたら長くて、 ひどく退屈したなあ
音楽抜きなら
桑田ファンも 逃げるぜ。 ・・と。
ううむ。。
1995年に出版された本だった。
ちょうどもう 桑田さんとの
丁々発止も 一区切りが ついていて
北野監督も もう
『あの夏、いちばん静かな海。』
を撮り終えている。
まあ。。あれだけの 才能の宝庫ともいうべきお方、
人とは違った 天才の頭脳をもってすると
また 違った目で そうも見え、
感じとり、受け止めた部分があったのだろう、
言いたいこともあったのだろう。
凡人の私には、
別に難しいことを抜きにして
面白く見させてもらったのだが、
私には 測るべくもない。
冒頭の書き出しも面白い。
ーーー −−− −−− −−− −−−
「どーも、黒澤明です。
『夢』では ボケてしまいまして、
お客さんに グーグー夢を見せてしまい、
まことに どうも、歳なもので・・・・」
失礼しました。
と、いうわけで、 始まりましたが、
「どーも、 大島渚です。
セックス映画は当たります。
最近はタレント業専念の 私ですが、
来年こそは『あげまん』に負けない
セックス映画を 絶対に・・・・』
失礼しました。
と、いうわけで、始めますが、
私が 監督の北野です。
三本目の監督作品
『あの夏、いちばん静かな海。』という
お涙頂戴の 異常な恋愛映画を撮り終えて、
ただ今 監督休養中。
みなさん、ひとりでも ふたりでも 友達、
家族、愛人を誘って 映画館に来てください。
お前もだゾ。
・・と
はじまるのだ。
ーーー −−− −−− −−− −−−
というわけで、
桑田君の『稲村ジェーン』をみせられちゃったけど、
いやもう半分も見ないうちに
逃げ出したくなっちゃって、
こんなに長く感じた映画は 初めてだね。
この映画のポスターに
「暑かったけどよう、短かったよなぁ、夏」って
コピーがあったけど、
「ちっとも アツくならずによう、長かったようなぁ、
この映画」
っていう感じだよ、まったく。
この映画は 音楽だけ。
映画音楽は、 それはそれであるわけで、
オレのは ひたすら映画だから、スタートからして違う。
あれこれ いっても始まらない。
好きか嫌いか、 合うか合わないかだけだよ。
だけど、音楽なしで この映画を見せてだな、
何割の人が 感動するのか 試してみたいね。
まあ桑田君も 頭いいから、
評論家が 文句言うのを予想していて、
あえて 作ってんだろうな。
理屈で批判すると、
「これはノーテンキな映画で 環境ビデオみたいなモンですから」
って答えられそうじゃない。
高座の落語家に向かって
「ばかやろうー、憲法第九条について ちゃんと話をしろ」
って怒るようなもんで、怒るほうがバカなんだ。
この映画の見所は どこか。
答えは簡単。最後のロール。
スタッフと出演者の 名前が流れるのと同時に、
フラッシュバックふうに いろんな場面が紹介されるんだけど、
あれだけを 見れば十分であって、あとは何もないよ。
だから、もう一回編集し直して 音楽の部分だけを、
ストーリー無視して つなぎ直せば、
もっと 首尾一貫したものになるんじゃないの。
監督自身、ストーリーはご愛嬌であって、
音楽に合う絵を 一生懸命撮っていたって感じだし、
どうせ桑田ファンしか 見ないだろうから、
そのほうが ずっといい。
オレは非難しているんじゃない。
誤解しないように。
そういう音楽映画が ジャンルとしてあることは
ちゃんと認める。
普通の映画のように ストーリーがどうの、
人間の描き方が どうのっていうふうに語るものじゃ
ないってことだよ。
ーーーー つづく −−−−−
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